次世代『竜舞う空の下で』4
「見つけ、た……っ!!」
零れた声はかすれて震える。何ということだ、一目見ればわかると言われたが……まさか。こんなタイミングで、この場所で、この夫婦の子だったとは。
緑の鱗を持つ兄はすでに番を得ていた。だから焦った時期もある。元人間の記憶を持つから番が現れないのではないか、そう心配して嘆くアグニを仲間は慰めた。こればかりは運で、中には会えずに一生を終える者もいる。竜の長い寿命で会えない場合もあるのだと……だから諦めていたのに。
「我の……っ、ミレーラ」
名を呼ぶだけで目が潤んだ。獣の瞳孔を怖がる様子なく、赤子は笑顔で手を伸ばす。触れたら壊れそうな小さな小さな手に、そっと人差し指を握らせた。吸い付く肌が触れて、身体が痺れるような感動を覚える。
「え? うそ、本当に?」
フランシスカの口調が崩れて、カリンが覗いている。人間初の親友であるエミリオは大きく目を見開き、我が子とアグニを交互に見つめた。なんとか笑顔を向けようとしたアグニの頬を涙が零れ落ちる。きょとんとした顔のクルスが首をかしげた。
「アグニ、どこか痛いの?」
「……いや、嬉しいのだ」
否定して幼子の銀髪を撫でてから、エミリオと視線を合わせた。立ち直ったのか穏やかな顔をしたエミリオは、肩を竦める。
「竜の番なら、僕に断る理由はないよ。大切な我が子を、僕より年上の親友にやるとは思わなかったけど……ミレーラを誰より愛して、この子が望むなら嫁に出すよ」
番を得た赤い竜へちくりと釘をさすのは忘れない。今すぐにでも連れ去りそうなほど喜ぶ親友を、誘拐犯で指名手配するのは気が引けた。茶化した口調に滲む本気を嗅ぎ取り、アグニは大きく頷いた。
我を失って誘拐するような真似はしない。ミレーラは生まれたばかりで、これから親や兄の愛情を受けて健やかに育つべきだった。その成長を近くで見守り、やがて彼女の隣に立つに相応しい男になればいい。アグニの決意を見守る夫婦は、複雑な心境を押し殺した。
「わかっている。ミレーラに望まれる男になろう」
「嫌だわ、なんか背徳的ね。アグニ兄様に私の娘が嫁ぐなんて」
口調がフランシスカに戻っている。肩を竦めるフランシスカへ、アグニも苦笑いして答えた。
「俺だって、かつての妹を義母と呼ぶ日が来るなど予想できなかった」
竜は番を一生かけて愛し抜く。それは種族の違いがあっても関係なく、相手の意思を尊重したうえでどこまでも甘やかし、愛し、包み込むのだ。腕の中の我が子が幸せになれる未来に、ローズピンクの唇が弧を描いた。信頼できる存在に、愛する我が子を託せる未来がどこか擽ったく表情が和らぐ。
駆け寄ったクルスの銀髪を撫でてから立ち上がり、アグニの手にミレーラを渡した。宝物を優しく扱うアグニの腕で、ミレーラはにこにこと笑顔を振りまく。
「絶対に幸せにしてやるからな」
まるで挑戦状のような言葉に、エミリオも含め皆が笑う。クルスは大好きな母に抱き着きながら、涙の乾いたアグニを見上げた。
「アグニもミレーラが好きなの?」
未来の義兄の問いかけに大きく頷いた。アグニの逞しい鍛えられた腕は安定するのか、自分の指を咥えたミレーラはうとうとと眠りの船を漕ぐ。軽く揺すって赤子特有の温かさを感じたアグニは、出来るだけ誠実に返した。
「この世界の誰より、好きになる自信がある」




