次世代『竜舞う空の下で』3
美しい花が彩る庭は、薔薇を中心に整えられている。アグニはあまり詳しくないが、妹だったカリンは花が好きだった。イングリッシュ風ガーデンだと言って、青い草花を庭に植えていたのを思い出す。足元で揺れる小さな花は、ラベンダーだったか。
「あら、アグニ兄様に抱っこしてもらったのね」
くすくす笑うフランシスカは、前世アオイだった時の妹カリンだ。いつの間にか兄と呼ぶようになり、誰も指摘しないまま定着してしまった。親しみの裏返しだと貴族は深く考えていないが、実際に兄だったことを知る竜達にアグニは散々揶揄われた。
死んで生まれ変わった後は割り切っていたこともあり、前世の記憶はあまり重要視していない。それでもフランシスカが可愛いと感じるのは、過去の記憶があるからだろう。様々な仕草や癖に、カリンが重なる。アグニにとっても、兄と呼ばれる彼女の声は好ましかった。
「アグニ、よく来たね」
「ああ、邪魔をしているぞ。エミリオ、クルスは大きくなったな」
肩に乗せた子供の銀髪を撫でて褒めると、嬉しそうに声を立てて笑った。クルスをエミリオに返し、赤子を抱いたフランシスカの向かいに腰掛ける。家族同然の付き合いを楽しむアグニの前に、小さな手でカップが用意された。
「ありがとう、クルス」
エミリオから渡されたソーサーとカップを並べたクルスは、メレディアス公爵家特有の若草色に金が混じった瞳を細めて笑う。いつも笑顔で元気な子供は、かつての慣習からみれば貴族らしくないのだろう。自然に育てることが奨励され始めたため、貴族でも声を立てて笑うことを咎める風潮は消えた。
セブリオン家が王家だった頃、あまりに細かな決まりや慣習が継承されてきた。その理由のほとんどが、王家による一方的な押し付けだ。他人を不快にさせない程度の礼儀やマナーがあれば、それ以上を求めない竜の自由な風潮は、人々にとって新鮮だったようだ。すぐに受け入れられて広まった。
おかげでアグニも無作法の罵りを逃れ、快適に過ごしている。エミリオが注いだお茶を口元に運び、ハーブティーの淡い色に目を見開いた。視線を向けた先で、ポットを持つ公爵家当主が首をかしげる。
「ミントか?」
「苦手だったかな? 交換しようか」
「懐かしいと思ったんだ」
カリンが植えたハーブで入れたお茶は、よく飲まされた。薄くて香りも味もしない白湯のようなお茶もあれば、苦くて渋いお茶もあった。懐かしくて頬を緩めると、向かいでフランシスカが頬を膨らませる。どうやら彼女も覚えているらしい。
余計な発言は首を締める。長寿ゆえの余裕で、元妹の視線を受け流した。彼女がいないところで、エミリオに教えてやろう。
「産まれたのはどちらだったか」
「女の子よ、名前はミレーラ。エミリオがつけたの」
「ミレーラ、か。いい名前をもらったな。祝福を……っ!」
差し出されたミレーラの顔をのぞいて、アグニは動きを止めた。見開いた目は、赤子に釘付けだ。先代竜帝の血を受け継ぐ証なのか、銀髪に若草と金の瞳の赤子は、アグニに笑顔を向けた。




