次世代『竜舞う空の下で』2
執事となったアグニがすぐに手紙を配達する。竜達の考え方は変わっており、貴族として楽に暮らすことを拒む者がほとんどだった。
このティタン国は、共和制のような議会が存在する。貴族と民から選ばれた代表者で行われる議論は、身分制度を無視して自由な討論が許された。その議論に参加するために、貴族階級に落ち着いた竜もいる。人間と寿命が違う彼らの長期視点は、国全体の行く末を考える際に役立つらしい。
逆に、短期の展望は人間の方が得意なのだ。すぐに実践すべき策を作り、提案する人間の迅速さは竜にはない視点だった。この国が僅か6年で急速に繁栄した理由のひとつだ。混乱に乗じて攻め込もうと画策した幾つかの国は、竜の圧倒的な武力を見せつけられた。その影響から周辺国を含め、ほぼすべての国で戦争が中断している。
小競り合いはあれど、大きな戦争がなくなったことで、人々は生活に余裕を取り戻していた。アグニが空を舞うと、仰ぎ見た国民が手を振る。竜達も手を振られると、旋回して応えるのが挨拶になっていた。
ティタンの帝都の中心部から少し山に寄った広い敷地に、赤い鱗を輝かせるアグニが着地する。庭の奥にある丘は竜が降りる広さがあり、頂上の大木を避けて羽を畳んで人化した。お気に入りの執事服の襟を直し、すたすたと芝の上を足早に移動する。胸元の手紙をエミリオに届けるのが、竜妃にもらった仕事だった。
執事といっても、気まぐれに行っている仕事の一環なので、日がな一日執事をしているわけではない。竜帝テュフォンが他国を訪問する際は騎士としてついていく事もあるし、何もない日は趣味の焼き菓子を作ったりした。寿命が長い竜にとって、時間の流れを気にして生きる感覚はない。元が人間だった記憶を持つため、アグニは竜の中でも変わり者だった。
「アグニ! 早くぅ」
手招きするのは、エミリオとフランシスカの間に生まれた嫡男クルスだ。先日4歳になったばかり、皇女クラリーサの1歳年下の従兄弟だった。父親譲りの色合い、母親そっくりの顔立ちの銀髪の子供は無邪気に駆け寄ってくる。空を舞う姿で、アグニが来たと屋敷を飛び出したのだろう。
これはフランシスカの説教が待っているな、アグニは苦笑いして子供を受け止めた。抱き付いたクルスを片腕で抱いて肩に乗せれば、嬉しそうに手を叩く。
「お父様はどこだ?」
エミリオと名を告げても、まだ幼いクルスは首をかしげる。そのため彼にわかりやすい表現で尋ねた。子供は体温が高いと言うが、本当に温かい。ぺたりと両手でしがみつく手のひらは、いつも体温が高く、熱があるかと疑うほどだった。
「お母様とお庭だよ」
ならば話が早い。空を舞うアグニの姿にも気付いたはずだ。友人のエミリオは、つい先日2人目の子を授かったばかり。ちょうど国外にいたアグニはまだ顔を見ていない。折角尋ねたのだから赤子を祝福して帰ろうと、クルスが示す中庭へ足を向けた。




