次世代『竜舞う空の下で』1
「屋敷の上を飛んだらダメって言ったでしょう?」
困った子ね。そう叱る母の前で、金の小竜は大人しく羽を畳んだ。空を舞う色とりどりの竜が、慌てて降りてきた。
「竜妃殿下、竜は空を飛ぶ生き物ですぞ」
「そうです。まだ幼いゆえ、遠くへ飛べぬ姫が屋敷の上を飛ぶのは、仕方ないではありませぬか」
竜帝テュフォンの第一皇女クラリーサを庇う竜達の援護に、竜妃であるエステファニアの眉が上がった。あ、皆が叱られちゃう! 慌てて小竜が謝罪を口にした。
「ごめんなさい、お母様。私が悪いの、だから皆を叱らないで」
庇う姿勢を見せた娘に、エステファニアは腰に当てた手をお腹に移動しながら溜め息をついた。呆れたのかと恐る恐る目を向ける我が子を、ぎゅっと抱き締める。小さいとはいえ、竜の時はエステファニアを見下ろす大きさがある。出来るだけ動かないよう、息を詰めて見守った。
「心配させないでちょうだい、リサ」
今の母は身重だ。近々弟か妹が生まれると聞いて、嬉しくて空を舞っていたのだが、母は心配だったのだろう。前に一度屋敷の上を飛んで落ちたことがある。幸いにして他の竜が下敷きになって守ってくれたが、屋敷が半壊した。
愛称で呼ぶ母の柔らかな声に、「はい」と頷いた。するすると人の姿に戻り、目の前の柔らかくて優しくて厳しい人に抱きつく。親子喧嘩でなかったと胸を撫で下ろす竜の中には、皇女に庇っていただいたと感激して泣き出す老竜もいた。
「ほら、皆も屋敷に戻って。もうすぐ夕食です」
わずか6年前まで、この国はセブリオ国と呼ばれていた。人間が支配する人間の国は、竜帝の目覚めにより竜と人が共存する竜国ティタンとなった。
竜国暦6年――新興国だが、広く他国との貿易を行い、協定や同盟を結んでいる。竜妃の外交手腕は他国でも有名で、最近は観光産業にも力を入れていた。
竜の加護で天候に恵まれたティタンの収穫祭に、竜の乙女であった竜妃エステファニアが舞いを披露する。本来は竜帝へ捧げられる20年に一度の奉納舞いだったが、毎年の収穫祭で見られるようになった。その見事な舞いに合わせ、多色の竜が空を飛ぶ。他国では決して見られない祭りを楽しむため、王侯貴族から平民まで集まってくるようになった。
立派な産業をひとつ立ち上げた功労者の目下の悩みは、お転婆な一人娘である。勉強の合間に空へ飛び出し、ダンスの練習をサボって森へ逃げる。エステファニアが受けた厳格な淑女教育は不要でも、最低限のマナーの必要性をどう伝えたものか。
抱き締めた娘の金髪を撫でながら、エステファニアは助けを求めることにした。公爵となった兄エミリオの妻、大切な親友のフランシスカだ。彼女の第一子は男の子だった。クラリーサの1歳年下の幼子は、礼儀もしっかりした子だ。甥を呼んで刺激しよう。
エステファニアは深く考えずに、親友と兄へ手紙を出した。




