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第6話 王妃である苦痛

 ここまで騒動が大きくなれば、さすがに国王へも連絡が行く。何やら外交の話があるとメレンデス公爵である我が父を呼び出し、奥の部屋で話し合っていた2人が顔を見せた。


「何事だ!」


「聞いて下さい。父上! あの女が俺の頬を殴ったのです。不敬罪で投獄してください!」


 その情けない姿は、一国の王太子というより虐められて親に泣きつく幼子だった。一部始終を見ていた貴族が、これを虐めと判断するはずはなく……恐れながらと声を上げる貴族が散見された。


「先にエステファニア姫様を侮辱したのは、王太子殿下です」


「婚約破棄だと叫び、姫様を悪様(あしざま)に罵りました」


「そこの商売女……失礼、下品ではしたない女性を妻にすると公言し、婚約破棄を口にされましたが、正気とは思えません」


「場を弁えぬ下着紛いの女性は、王太子殿下を愛称で公然と呼んでおります。これは不貞ですぞ」


 知識のないカルメンは、なぜクラウディオが責められるのか理解できず、必死の形相で大声で喚き散らした。


「何を言ってるの? クロード様は婚約破棄したんだから、あたしと結婚するのぉ。だからあんた達なんて、王妃になったらやっつけてやるんだからぁ!」


 あまりの惨事に、国王陛下は玉座の脇に崩れ落ちた。後ろをついてきた王妃殿下は苦笑し、後ろの侍女に何かを指示する。一礼した侍女は、荷物を纏めに行ったのだろう。この状況で、メレンデス前公爵令嬢である王妃殿下が、国王陛下の味方になるわけがない。


 それなりの愛情はあるだろうが、王妃殿下にとって優先すべきは実家であるメレンデス公爵家なのだ。これは結婚して王妃になったとしても、私も同じだった。今までの王妃全員が国王に対し、愛していなかったと断言は出来ない。しかし生まれたと同時に婚約者として縛りつけられ、恋も知らぬまま嫁ぐのだ。愛人を持つ王妃もいただろう。


 この国の王族は『メレンデス公爵令嬢を母に持つ』と言われてきた。それは嘘ではない。しかし大切なのはそちらではなかった。『竜の乙女を妻にした者こそ、セブリオ国王となる』が正しい伝承なのだ。


 貴族の多くはその伝承を正しく口伝えで一族に伝えてきた。そのため、竜の乙女であるメレンデス公爵令嬢は王族以上の敬意を集め、大切に守られる存在である。言い換えれば『国王の代わりはいくらでもいるが、竜の乙女は1人だけ』なのだから。


「陛下、私は実家に帰らせていただきますわね」


 王妃殿下、いえ伯母様が笑顔で別れを突きつける。焦る国王陛下が引き止めようと言葉を尽くすが、伯母様は馬耳東風と聞き流して扇を広げて顔を隠してしまった。もう聞きたくないと拒絶する仕草だ。左手の指輪を外し、後ろの侍女が用意した台に戻す所作は『国王との離縁』を匂わせる。


 伯母様が幼い頃から一緒に育った乳母の娘だった侍女アデラは、心得た様子で指輪を玉座の王妃の椅子に置いた。


「母上、何をしておいでですか! これから俺の愛する……」


「今日からそなたの母ではありません。そのような女と結婚するというなら、好きにするといいでしょう。私への紹介も、報告も必要ありませんわ」


 つんと喉をそらして王太子の言葉を遮り、18年連れ添った夫へ一礼してこちらへ歩いて来られた。足運びひとつ取っても優雅で、とても美しい人だ。


「お久しぶりでございます、伯母様」


「本当に。あなたときたら、先日のお茶会を欠席するんですもの。1ヶ月も顔を見ていないのよ、可愛い姪の顔をきちんと見せて頂戴」


 扇を畳んだ伯母様の言葉に頷き、素直に顔を上げた。王妃である肩書を捨てた伯母様は、にっこり笑って囁く。


「これでやっと自由になれたわ。あなたに同じ苦労を味わわせずに済んで、私は嬉しいのよ」

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