エミリオ『白く可憐な花の約束』4
「リオ兄様、フランカ。私……お願いがあるの」
「なんでも言ってごらん」
エステファニアは、ハーフアップにして右に流した銀髪の毛先を、手袋した右手でくるくると弄る。悪戯がバレたり、隠し事をした時の癖だ。言いづらそうにしながら、それでも彼女は口を開いた。
「伯母様もそうだけど、竜の乙女は子を産んだら、義務を果たしたことになるでしょう? だから私、ちゃんと我慢するわ。でも、その後で実家に帰ってきても、いいかしら」
言い終えた安堵からか、エスファニアの眦に涙が滲んだ。驚いて顔を見合わせた僕達に、妹は慌てて言葉を付け足す。
「2人を邪魔するつもりじゃないのよ。どこか片隅の部屋でいいの! 王宮で殿下と一生過ごすなんて嫌なだけで、だからっ」
「慌てないで、ティファ。分かってる。僕から提案するつもりだったんだけど、先に言われてびっくりしただけだよ」
「ええ、先にティファからなんて驚いたわ。実はね、私達も同じ相談をしたの。ティファに幸せになって欲しいから、あなたの部屋を用意しましょうって話したばかり」
僕とフランシスカの言葉に、ぽろりと涙を零したエステファニアは、自分が泣いた自覚もないようだ。頬を滑る涙をそのままに、嬉しそうに微笑んだ。
安心したのだ。帰る場所も、待っている人もいることに。愛らしい僕の妹をここまで苦しめる、王家への恨みが募った。代々の竜の乙女達がどれほど傷ついたか。必ず思い知らせてやると固く誓う。
「帰ってきて、いいの?」
「いいに決まってる。ここはティファの家なんだから」
嫁いだ貴族女性が実家に戻るのは、離縁された場合のみ。夫が死んでも妻は家を守り、跡取りに引き渡すまで婚家を繋ぐのが役割とされてきた。その慣例を無視した提案は、僕にとって希望通りの申し出だった。
涙をそっと指先で拭うと、目元を赤くしたエステファニアは慌ててハンカチで涙を押さえた。侍女にお茶を運ばせ、優雅なお茶会を行いながらフランカと目配せし合う。
この幸せな時間がずっと続くよう、あの愚かな王太子に早く破棄してもらわねば……。この愛らしい妹を傷つけたら、万死に値する罪の代償をあの馬鹿は払いきれないだろう。
竜の乙女の伝承の真実は、フランシスカを通して知っている。余計な心配はなかった。ただ……目覚めた竜帝がエステファニアに相応しい男でなければ、国の守護神だろうと僕は容赦しないけどね。




