エミリオ『白く可憐な花の約束』3
過去にフランシスカに聞いた話が、予言のように実現されていく。愚かな王太子が、突然現れた小娘に夢中になり……ティファと距離を取り始めた。
「あと少しですわね」
「もうすぐ婚約破棄が行われ、ティファは自由になる」
薔薇の庭で顔を近づけて話し込む。はたからは仲のいい婚約者同士だと微笑ましく見守られているが、話の内容は人に聞かせられなかった。フランシスカがもつ異世界の記憶は、父にも話していない。秘密を持つ者は、最低限でいい。僕とフランシスカだけ。
父ベクトルと奮闘していた時期とは違う、共通の目線で隣に立つ婚約者の存在が心強かった。
「ティファが傷つかないか、心配だわ」
「大丈夫だよ、彼女は強いし……当日は君が隣にいてくれるんだろう?」
エステファニアは、王太子に惚れていない。義務と諦めて嫁ぐだけだ。ならば、婚約を解消したら妹を僕達で守ればいい。あの馬鹿王子の暴走を招くため、僕はエステファニアから離れていなければならない。勉学も剣術も、すべてにおいて僕に勝てない王太子は、妹だけの時を狙うだろう。あの馬鹿が、エステファニアのエスコートをしない夜会が、婚約破棄騒動の合図だった。
「ええ。もちろんよ」
フランシスカの手を握り、ガゼボのソファに並んで腰掛けた僕の耳に、駆け寄る足音が届いた。専属侍女を従えたエステファニアだ。話は聞こえないが合図は見える位置で、侍女は足を止めた。
「リオ兄様、フランカも! 私も呼んでくれたらいいのに」
唇を尖らせて砕けた口調で文句を言う妹が、淡いオレンジのワンピースの裾を摘んで、向かいのソファに腰掛けた。自分に内緒で2人がお茶をしていたと拗ねている。可愛い妹の様子に顔を見合わせ、フランシスカと微笑んだ。
「ごめん、すぐに呼ぶつもりだったよ」
「……リオ兄様とフランカは恋人だから、仕方ないですわね」
エステファニアは、婚約者ではなく恋人と表現する。それは愛し合った者を呼ぶ単語で、フランシスカから聞いたらしい。王太子は勝手に決められた『婚約者』に過ぎないが、兄と親友は『愛し合う恋人同士』と区別した。
「ティファったら。あなたも恋人を作れたらいいのにね」
この後の展開をある程度知るフランシスカの言葉に、何も知らないエステファニアは諦めたように首を横に振った。
「無理よ。クラウディオ殿下と恋人になる気はないし、伯母様も同じだったもの」
父上の代では、まだ手札が足りなくて伯母上は王家に嫁いだ。竜の乙女の不幸の連鎖を僕の代で断ち切り、エステファニアを自由にする。
覚悟を改めて固め、ぎゅっと拳を握る。その上にフランシスカの手が乗せられた。嗜みとして絹の手袋をした彼女の気遣いに、少しだけ拳を緩める。1人だけで気を張らなくていいことに、安堵が胸を満たした。




