竜帝『光り輝く黄金の宝』1
「お生まれになりました!! 姫様にございます」
閉ざされていた部屋から聞こえる妻の苦しそうな声が止み、少しして我が子の誕生を知らせる声が響いた。竜帝としていくら勇を誇ろうと、我が子を産んでくれるのは女だ。最愛の女性の苦しさや痛みを滲ませた呻き声は数時間も続き、心配で水も喉を通らなかった。そわそわしていたオレは、大急ぎで駆け込む。
絹糸のように細く柔らかな銀糸を頬や首筋に貼り付け、額の汗をガーゼで拭われる妻の姿に感極まった。何も言えなくなり、泣きそうな顔でベッド脇に膝をついた。膝立ちになると、ベッドヘッドに置いたクッショへ身を預けるエステファニアと視線が合う。
「あ、ありがとう。産んでくれて、本当に……ありがとう。ステファニー」
震える声で礼を口にするのが精一杯だった。ベッドの反対側でエステファニアの汗を拭い、冷たい水を口元へ運ぶのは、親友でありメレディアス公爵夫人フランシスカだ。初めての出産で不安だろうと、彼女は知らせを受けてすぐ駆けつけてくれた。
産まれた卵は半透明だった。竜同士の卵は硬い殻に覆われているが、半人半竜の卵は柔らかな半透明の膜に覆われる。過去に人と交わった同族の記録を共有した白青の竜が、母竜の代わりに卵を受け止めてくれた。
「陛下、ご覧ください。姫は美人ですわ」
半透明の膜のため、中が透けている。大きな金の瞳を瞬く子供は、子竜の形だった。本体が竜なのだろう。これが人の血を多く受け継ぐ子だと人型の場合もあるらしい。
「テユ、様。この子に、名前を……」
まだ痛みの余韻の中にいるエステファニアの要望に、慌ててしまった。男でも女でも良いように名前をいくつか考えていた。しかし候補の紙は執務室に置きっぱなしで、興奮と感動でいっぱいの頭は真っ白だ。
「……クラリーサで、どうだろうか」
金の鱗と瞳を持つ輝く彼女にぴったりだ。見た目からとった名は、当初の候補になかった。それでも卵を抱きしめた時に浮かんだ単語だ。『光り輝く』を意味するクラリーサが似合う。
「美しい響きですわ」
フランシスカが頷くと、エステファニアも嬉しそうに笑う。彼女の手に、そっと卵を下ろした。
「クラリーサは、いつ出てくるのですか?」
「好きな時に割って良いそうだ」
膜はぱんと張っているが、突くと柔らかい。卵の形のぬいぐるみのようで、ほんのり温かくて抱き心地が良かった。割っても良いと言われ、エステファニアは目を瞬く。
「割るのですか?」
「待っても良いが、いつになるか。この子次第だぞ」
さすがに数日で出てくるとは思うがわからない。竜族同士の卵なら自分で割って出なければならないが、半人半竜なので拘る必要はなかった。きょとんとしたフランシスカが、指先で卵を突く。
「割り方は決まってますの?」
卵の割り方を尋ねるフランシスカは、どうせなら姪が出てくるところを見たいようだ。卵に手のひらを当てて首をかしげた。
「ステファニーが、出てきて欲しいと願いながら卵に手を入れれば、すぐにでも」
「出てきて、私のお姫様」
微笑みかけて卵を抱き寄せた途端、大量の水がベッドの上に溢れた。膜が割れて中の羊水がシーツに染みていく。落とさないように抱き締めたエステファニアの腕で、竜の子は大きく息を吸った。




