過去編『繋がる呪いの果て』4――END
歴代の竜の乙女の手記は、メレンデス公爵家に残されている。兄エミリオから手記の存在を聞いた私は、残され始めた3代目の手記から順番に目を通した。
色とりどりの花が美しい庭園のガゼボで、屋敷のソファで、私は過去の苦しみを己の中に受け止め続ける。窶れていく妻を心配したテュフォンが手記を取り上げようと隠したが、懇願した私の手に戻された。きちんと睡眠や食事をとることを条件として――。
「伯母様も、結婚は嫌でしたか?」
伯母である元王妃アデライダの前19代目まで読み終えて、私はガゼボの赤い花の下で午後のお茶を口にした。貴族のしきたりやマナーもかなり緩和され、今は紅茶の飲み方一つに数か月かけて教育する必要はない。最低限のマナーが出来ていれば、それ以上の細かな作法は省略されるようになっていた。
お茶を口元に運ぶ角度や指の動き、スプーンの置き方まで教え込まれた淑女の仕草は確かに優雅で綺麗だが、そこまで細かな作法がなければ飲めないお茶に価値はない。私の改革は、多くの貴族に歓迎された。男女ともに学ぶ作法が減ったことで、心や生活に余裕が出ている。
自分が好きなことに時間を割けるようになり、人々に笑顔が増えた。
「そうね、私は逃げ出したかったわ。誰かに助けて欲しかった。愛してもいない男と身体を重ねるなんて、ぞっとしたけれど……」
そこで思わし気に彼女は言葉を切る。目の前で驚きに目を瞠るのは、アデライダの娘2人だ。自ら王族の地位を返上した彼女らは、侍女になりたいと願い出た。しかし婚約者の青年たちが改めて妻に望んだ願いが聞き届けられ、カサンドラは侯爵夫人、リアンドラは伯爵夫人として新たな生活を営んでいる。
王妃であった頃のアデライダは、娘や息子との時間を極力減らした。王妃のお茶会に招待されるのは姪である私と、いずれメレンデス公爵夫人となるフランシスカのみ。何度かお願いしたこともあったが、頑なにアデライダは娘の同席を拒んだ。
「あなたたちは本当によかったの?」
父であった元国王が選んだ相手との結婚で構わないのか。娘たちを気遣う言葉を放ったアデライダは、僅かに首をかしげて答えを待つ。己が望んだ子でなかった。義務でしかないとしても、子供達に罪はなかったのだと……手記を読んだ姪に叱られて気づく。
この子たちが母親に求めたのは無償の愛。それは代々の竜の乙女が奪われたものと同じではないかしら? そう気づいたアデライダは、姪が読み終えた竜の乙女の手記に目を通している最中だ。あまりの内容に涙がこぼれることもあるが、目を逸らしてはいけないと考えていた。
「ええ、お……母様」
母と呼んではいけない。幼心にそう刻み付けられたカサンドラだが、現在は互いに歩み寄りの時期だ。ぎこちないながらも母に頷いた。赤いドレスのスカートを、テーブルの下できゅっと握る。まだ緊張してしまう従姉妹の仕草に気づかぬフリで、フランシスカがお茶を追加した。
これも細かなしきたりを取りやめたことで可能となった。前は侍女が常に張りついていて、彼女らの仕事だったのだ。ポットは令嬢や夫人が触れることが許されなかった。厳格なマナーがなくなり、フランシスカは初めてポットを手にして、思ったより軽いことに驚いたという。
「私は幸せ者です。旦那様や屋敷の人は優しくしてくださいます」
リアンドラは嬉しそうに頬を緩めた。明るく屈託のない性格の元王女は、母と一緒のお茶会が楽しみすぎて昨夜は寝られなかったと付け足しながら、お茶を淹れたフランシスカに礼を言う。フランシスカが淑女の武器と呼んだ扇や手袋を持つご令嬢も減り、照れた頬をカサンドラは素手で覆った。
家族の幸せそうな風景に、私は晴れた空を見上げる。過去、竜の乙女は不幸が続いた。その連綿と続く呪いを打ち破ったのは、先祖や家族の悲劇を憂いた歴代のメレンデス公爵家の男たち。妹を姉を奪われながら、それでもあらがい続け、なんとか呪いから逃れようと戦った竜の末裔の華々しい戦果だ。
自分の代で成し遂げられなくとも、いつかセブリオン家の治世に楔を打ち込むため『竜の乙女の正しい伝承』を民に残し、味方となる貴族を派閥としてまとめ上げてきた。
呪いの最後の犠牲となった伯母は、娘たちに歩み寄る。これでもう不幸が生み出されることはない。安堵の息をついた私の頭上を、金色の竜が舞った。きらきらと美しい鱗が光を弾き、くるりと旋回して高度を下げる。
「戻ってきたみたい」
「きっとここへ降りるつもりですわね」
フランシスカの指摘通り、テュフォンは真っすぐにこちらへ駆け寄ってくるだろう。幸せになった竜の乙女である私を抱き締めるために――。
―――END――
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「3~4代目の国王」と「過去の竜の乙女」を混ぜて、リクエスト
があった王女たちのその後を少し混ぜました。急に和解は難し
くとも、互いに少しずつ歩み寄り始めた母娘達です。
「腹黒エミリオ」、「結婚後、出産後」も一気に書き上げます!




