過去編『繋がる呪いの果て』2
「叔母様は、あの女に殺されたのね」
正妃が亡くなった夜、メレディアス公爵家の娘ルイシーナは呟いた。祖母から伝え聞いた竜の乙女の舞いを伝承する彼女は、王太子であり従兄弟であるビクトリノとの婚約を解除するつもりでいる。メレディアス家が王にならず、公爵の地位にある理由は『竜の残した言葉を守り、国に相応しい王を選ぶ』ためだ。
今の国王が貴族出身ではなかったように、国民の中で優れた男を選んで国を存続させるのが彼女に与えられた役目だった。先代の竜の乙女である正妃は、その選択を誤った。いや、選んだときは正しかったのだろう。王の心変わりを彼女は気づけなかった。
他国の王女を娶った理由が、戦争の回避であったなら……誰も反対はしない。しかし己の娘ほどの王女を夜会で見初め、その夜のうちに抱いたという。英雄色を好むと言われるが、すでに英雄の肩書から遠ざかって等しい色ボケの行動に、この国の民や貴族は眉をひそめて窘めた。
正妃である竜の乙女の立場を慮る人々の苦言は、国王を追い詰めて暴挙に走らせる。狂っていく歯車の最初のひとつが、竜の残した負の遺産であると知らずに……呪われた事実を理解することなく、子孫は破滅の一歩を踏み出した。
「私は叔母様のようにはならない」
愛する人は別にいるのだから。彼と幸せになるのだ。それを父や弟も望んでくれた。婚姻式の日取りを発表する前日に夜会が予定されている。明日の夜に逃げ道を塞がれるルイシーナは、数人の護衛を連れて屋敷を出た。侍女と騎士に守られた少女が飛び込んだ先は、魔術師の塔に住む恋人の元だ。
人々の治癒を目的に集められた魔術師は、塔の中に住居を持つ者も多い。ルイシーナと恋仲になったトリスタンと落ちあい、隣国にいる親族に匿ってもらうつもりだった。
入口で、騎士が剣の柄に手をかける。血の臭いが漂う塔は、しんと静まり返っていた。つねに数十人が生活する巨大な円柱状の塔は、黒い闇が包んだように感じられる。部屋についた灯りが漏れているというのに、恐怖が肌を粟立たせた。
「様子を見てまいります」
3人の騎士のうち1人が中に入り、すぐに叫び声がした。彼の逃げろと叫ぶ声に、他の騎士が剣を抜く。塔の中から蹴り出されたのは、腹に剣を突き立てられた騎士だった。
「なんて、ことを!」
悲鳴をあげたルイシーナの前に、王太子と数人の男たちが現れる。男たちの纏う近衛騎士の紺の制服は黒く濁っていた。それが大量の返り血によるものだと気づいたのは護衛の騎士達くらいだろう。侍女に抱きかかえられたルイシーナを守る騎士達は健闘したが、2人だけで数十人の騎士を倒すことはできなかった。
囲まれて剣で全身を貫かれ、守れないことを詫びながら死んでいく。生き返らせる術など、誰も持たないのに……人命は簡単に失われた。震えるルイシーナ近づいた王太子ビクトリノは、血に濡れた手で彼女の淡い金髪を掴む。
「お前の間男は死んだ。逃げるのならば、父と兄も殺してやろう」
信じられない言葉に首を横に振ると、大量の死体が塔の窓から投げ捨てられた。落とされる人体はすべて赤く濡れ、ぐしゃりと嫌な音を立てて地面に黒いシミを残す。その中に見覚えのある柔らかなブラウンの髪を見つけ、ルイシーナは這いずって近づいた。
「お嬢様、いけません! うっ!!」
事情を察した侍女が止めようと手を伸ばすが、彼女は言葉の途中で息を詰めて倒れる。背中から胸に向かって突き立てたビクトリノの刃が、幼馴染の侍女を貫いた。
「アイダ! なぜ」
「この女も手引きした一味だ。処罰は必要じゃないか」
にやりと笑った男から遠ざかるために必死で逃げた先、ついた手に何かが刺さった。




