過去編『繋がる呪いの果て』1
かつて竜の住まう国と呼ばれる小国があった。他国に攻め滅ぼされそうになった小国は、初代竜の乙女となる少女によって救われた。銀の鱗をもつ竜帝は国を危難から守り、番の少女と生きることを選んだ。彼と彼女の間に生まれた子供は2人。兄は次代の王となり、妹は公爵家を興して婿を取った。とても平和な国で、誰もが豊かな暮らしを楽しむ。桃源郷のような理想の国は、徐々に呪いに蝕まれ始めた。
その事実に誰も気付けぬまま。
竜帝は娶った竜の乙女との番契約により、寿命を著しく減らして人の寿命より少し長い程度で息を引き取った。嘆く人々を導く2代目の竜の乙女は、次の王に己の兄を選ぶ。もっとも力をもち、両親の理想を受け継げる者だ。安定した治世は続き、人々は油断していた。多くの竜が眠りについたこともあり、中には生まれてから竜を一度も見たことがない世代が現れる。
竜の存在は伝承の中に片づけられ、御伽噺のように語り継がれる物語に落ち着いた。20年に一度行われる、竜の舞いを披露する祭だけを残して。
「3代目竜の乙女として、あなたを夫に選びます」
竜帝の息子であり賢帝と謳われた2代目の王が身罷り、メレディアス公爵家の娘が新たな王を選んだ。後にメレンデス公爵家と名を改めることになるが、この時はまだ竜の正しい発音が残されていた。
「良い国にしよう」
穏やかな笑みを浮かべて、竜の乙女の祝福のキスを受ける若き王は、貴族ではない民から選ばれた武官だった。騎士として礼儀正しく、正義感に溢れた彼の誠実さを好いた乙女の選択を民は祝福する。
やがて娘が2人と息子が出来た頃、夫婦仲に亀裂の入る事件が起きる。竜の乙女に選ばれた男が、側妃を迎えたのだ。隣国の王女だという彼女は、己の生まれを誇っていた。竜の乙女の伝承など知らぬ王女は、一公爵家の娘と正妃を侮り、己が側妃に甘んじることは我慢がならなかった。追い立てるように虐めつづける。気付けば王の寵愛も側妃に奪われ……竜の乙女は呪いを吐いた。
――こんな王は守護するに値せず。
竜帝の孫娘の吐いた言霊が世界に染み渡り、国の内外に残っていた竜の魔力と反応する。徐々に豊かな生活は失われ、やがて正妃が失意に包まれて亡くなることで呪いは完成した。
「あの女がいなくなって清々したわ」
正妃が亡くなった夜、そう呟いた側妃は翌日姿を消し、数日後に哀れな姿で発見された。獣に追われたのか、傷だらけの裸体を晒して森で発見されたのだ。嘆き、犯人を探そうとする国王に民や貴族は苦言を呈した。
本当に愚かなのは誰か。問われた国王は、彼らに反発する。民主主義に近かった代表制の王を、世襲制に変更する法律を一夜にして成立させた。竜の乙女が選ぶことで成り立っていた制度は、彼の独断で歪められたのだ。
国王となった俺は他者に妬まれている。竜の乙女の伝承を利用して、この地位を確かなものにしなくては殺される。今の豊かな生活から引き摺り下ろされたくない。我が子にも豊かな生活をさせたい。人しての欲望が、かつて正義を語った男を変貌させた。
竜の乙女を失ったメレディアス公爵家に、新たな娘が生まれた。竜の乙女の紋章を手の甲にもつ子だ。その頃、王の命令でメレンデス公爵家と呼び方を改められた。銀に近い淡い色の金髪と、緑に金が混じった竜の瞳をもつ赤子は、生まれた翌日に王太子の婚約者に命じられる。
この頃の王命に逆らうことは、一族の死を意味していた。王の強権を誰も止めることができず、竜の乙女の伝承である『婚約者のいない竜の乙女を、目覚めた竜帝が迎えに来る』を国王はこう置き換えた。『竜の乙女を娶らず、竜が目覚めたら国が滅ぼされる』と。
――竜の乙女の伝承が歪められ、呪いは子孫へ向けて発動した。




