アグニ『やがて花開く牡丹』4
青空で弧を描いたピンクのブーケを受け取り、フランシスカが満面の笑みで花束を掲げた。まるで勝利の鬨の声を上げるように。誇らしげに幸せそうに笑う彼女へ、お披露目会で近づく。隣で彼女の細い腰を抱き寄せるエミリオの牽制を交わしながら、嫉妬深い友人の裏の顔を思い出した。
元国王と元王太子を、着の身着のまま放り出した時の冷めた眼差しは『悪魔のようだった』と仲間から絶賛されたものだ。エステファニアと同じ緑と金の瞳は、竜の血が混じる証拠だろう。人間でありながら、どこまでも竜に近い青年が指示した釈放は、温情ともとれる対応に見えた。
王族として振舞うことに慣れた彼らの傲慢さは、あれだけの苦痛を受けても変わらない。民に食事や服を寄越すよう命じ、無理やり奪おうとした。すでに通達が出ていたことや、竜帝の治世が穏やかだったことに満足する民が大人しく従う理由はない。叩きのめされ、現在は都の片隅で蹲っていた。
精霊による監視をつけたため、彼らが横暴すぎる態度で他者を傷つけようとしたら介入する許可も出している。死なない身体を焼かれ、貫かれ、そのたびに修復されながら、彼らは長い年月かけて学ぶのだ。人の痛みと他者への思いやりを。それが終わったら呪いを解除してやってもいいと呟いたら、甘すぎるとテュフォンに叱られたが。
ヒロインを自称する転移者カルメン……過去の名はアイカだったか。彼女はもっと山奥に捨てた。空を舞う竜でもなければたどり着けない、魔物が棲む森の中だ。ゲームと同じカルメンの名を名乗ったなら、アイカはすべてを知っていた。
18禁恋愛ゲームであるため、過激なバッドエンドが用意された悪役令嬢や公爵家を含む者達。悲惨で凄惨な末路がもたらす悲劇や嘆きを知りながら、自らの欲を押し通して『ハーレムエンド』を望んだのだ。竜帝テュフォンと会うためだけに、口にできないようなバッドエンドを引き寄せた。
それこそが最大の罪だった。王太子を篭絡して満足したなら、彼女への罪は軽くて済んだ。しかし兄とその番である初代竜の乙女の死を経験し、その後に引き起こされるバッドエンドや強制力にあらがった竜は納得できなかった。同族の魔力を引き出して術を行使した際の、心の痛みも忘れていない。
だから魔物の棲む森へ放ったのだ。傷つける必要はない。物音と暗闇に怯えて走り回れば、足元の茨が傷を作り、すぐに魔物が現れるだろう。死ねない身を呪う頃には、彼女も他者の痛みを知るのか。それすら確かめる気にならなかった。
罰を下すと決めてからのエミリオの黒さを目の当たりにして、彼に対して一目置いている竜族が遠巻きに様子を見守る。
「僕の婚約者にご用ですか?」
笑顔を浮かべているが、言葉の端から「フランカに近づこうなんて、いい度胸ですね」と嫌味が飛んでくる。棘のような鋭い視線に曖昧に微笑み、扇で口元を隠したフランシスカに話しかけた。
「ブーケトス――よく知ってたな。カリン」
呼びかけた響きに目を見開き、すぐに彼女は扇を畳んでじっとこちらを見つめ、やがて溜め息をついた。その時間は長いようで短く、エミリオは不安そうにフランシスカの表情を窺う。
「アオイ兄でしょ?」
過去の名を口にされ、互いに確信を得た。




