アグニ『やがて花開く牡丹』2
仕掛けを施し、前竜帝陛下と竜の乙女が亡くなった日から、わずか8年後に眠りにつく。参加したのは新たに竜帝となったテュフォンと俺を含めても13匹。当初の予定より、多くの同族を巻き込んでしまった。
神でもないのに、生まれてくる子供の未来に細工を施した。人の子の運命を魔力で歪め、新たな世界のための犠牲とする。これから生まれる子供を人柱とし、対価を我ら竜の魔力で支払った。他に方法がなかったとはいえ、あれは呪いに近いだろう。
数代後から影響が現れ、竜の望む世界を固定する力が働く。このような業に染まったからには、きっと碌な死に方はしない。それでも後悔はなかった。人を不幸にする未来を放置できない、なんて綺麗事は吐かない。ただ、銀の竜帝と竜の乙女を襲った『奇妙な事象』が、強制力の一端だと気付いた以上、今後も同じ不幸が起きるのを許せなかった。
俺は確かにゲームの世界に転生したかも知れないが、使い捨ての駒にされるつもりはない。不要な干渉を排除できるなら、持てる力の全てを使って足掻くだけだ。
目覚めたら俺の望んだ、ゲームの補正や強制力に左右されない美しい世界が見れるだろう。それを見たら、もう死んでもいいと思い目を閉じた。
目覚めは悪くない。ぶるりと頭を振り、竜体のまま眠っていたと知る。近くに眠る白青の竜は母で、その向こうで眠る緑の竜は兄だった。意識共有で情報を得たとはいえ、今世の家族を巻き込んだことは申し訳ない。彼らを揺すって起こすと、すでに竜帝テュフォンの姿がない。
「陛下はもしかして?」
呟いた声は少し低くて、喉を動かさなかった年月の長さを物語る。見回した先で、黄色い竜が起き上がって伸びをした。起こすまでもなく、この場の竜達は勝手に起き出してきた。消えた竜帝陛下を探さなければ……。
洞窟の出口へ向かうと……破壊された扉がある。粉々に吹き飛んだ扉の破片が外へ落ちていることから、壊したのは竜帝テュフォンだろう。
「あら、陛下ったら随分と短慮だこと」
けらけら笑いながら母が指摘したのは、横の突起だった。これを押せば開くように魔術を施してあったのだが、気づかずに体当たりで飛び出したらしい。数枚の鱗が落ちていた。
同族と顔を見合わせ、呆れ混じりの笑みを交わす。山の中腹にある洞窟の外は少しひんやりしていた。久しぶりなので羽を伸ばしてから飛び立つ。羽の動きがぎこちないため、上昇気流を利用して旋回しながら地上の様子を窺った。
「どう?」
「あまり変化がないように見えるが」
「陛下を見つけましょう」
強い魔力を探って、城の庭へ舞い降りた。空から眺めて気付いたが、テュフォンは城へ向かって一直線に地上を突き進んでいる。羽を伸ばす時間すら惜しんで駆けつけたなら、竜の乙女絡みだろう。竜帝の番となり、今度こそ天命を全うできるよう仕掛けをした竜妃が生まれたなら、本能が命じるまま走ったはずだ。
そこで俺は、過去の成果である竜の乙女より気になる存在を見つけた。
もしかして――いや、そんなはずはない。打ち消した疑惑は、その後、思わぬ場面で肯定されることとなった。




