アグニ『やがて花開く牡丹』1
前世界で死に、新しい人生を始めるのだと思った。ところが生まれ変わった世界で、俺は竜だった。予想外にも程がある。人間から転生した俺が、人外になるなんて――。
目覚めた記憶は、薄暗い場所から始まる。時々、明るくなったり暗くなったりした。後日、それは温める母竜の影だったと知るが、この時点では意味不明の明滅だ。暗くなると暖かくなる程度の感覚しかない。自力で殻を割って外に出た俺は、呆然とした。
短い手足、膨らんだ腹、鱗だらけの皮膚。全体像を見ることができなかったが、ある程度想像できたのは前世の知識ゆえだろう。爬虫類なのか? 文句を言おうと開いた口から、喉を鳴らす低い音が漏れた。ぐるる……すぐに母らしき大きな白いトカゲが飛んできた。どう見てもトカゲが近い。カッコよく言えば、洋風ドラゴンか。そもそもトカゲが空を飛ぶ時点で、異世界だと気付いた。
他の生き物と遭遇するまで大きさを知らず、一緒に生まれた兄弟と育った。食事が生肉だったのは衝撃だが、空腹に耐えかねて食べると美味しい。ぐるると唸るだけの俺や兄弟と違い、母竜は言葉を巧みに操った。隠し事はすぐバレるし、兄弟の考えも双子みたいに伝わる。異世界ゆえだと深く考えなかったため、餌に選り好みする変わり者の子供として育った。
同時期に卵から孵った兄弟が兄だと主張したため、素直に長男の地位を譲った。特に不都合はないし、前世では妹がいる長男だったため、下の子の立場に憧れがある。甘え上手で、何かあれば兄や姉に守ってもらえる存在も楽しそうだ。
「……お前は変わった考えを持っているのね」
ある日しみじみと母竜に言われて気付いた。他者の気持ちが伝わるのだ。これは異世界転生のチートか。そう喜んだのも束の間、母の知識から竜は全員意識を共有できると知った。自分だけのチートではない。衝撃はそのまま兄や母に伝わり、慰められた。
「この肉譲ってやるから元気出せ」
「木の実がいい? 取ってこようか」
兄と母の優しさのおかげで落ち込んだ時期は短い。しかしこの頃から、あれこれと思い出すことが増える。同時に竜の一族に騒動が巻き起こり、俺は自分のことを後回しにせざるを得なかった。
竜帝陛下が人間に関わったため、寿命を著しく減らしてしまったと聞く。美しい銀の竜である竜帝陛下は、しばらくして竜の乙女と共に命を散らした。番としての契約に失敗したらしい。
本来ならば竜の乙女の寿命を、竜の水準まで引き上げるはずだった。途中で『奇妙な現象』が邪魔をしたという。その話や竜の乙女に関する噂を聞くうちに、記憶が刺激されて完全に思い出した。
前世で妹が夢中になった18禁の恋愛ゲームと、この世界で耳にした名称が同じなのだ。妹はまだ17歳だったが、俺と一緒に買い物に行った際に強請られて購入したため、年齢制限をすり抜けてしまった。夢中になって遊んだ妹から、こぼれ話を聞いた程度の知識しかない。しかしネットで読んだ小説を思い出すと、ゲーム転生系には『強制力』やら『補正』が働いて、物語を無理やりなぞらせる奇妙な現象が起こるはずだ。
溢れ出た記憶は抑える間もなく、母や兄に共有される。竜の意識共有は、血縁者や互いに認め合う仲間同士での共鳴反応のひとつだ。母の動揺は友人や顔も知らない父を通じて、竜帝陛下の弟君に届いた。彼は「兄は『ゲーム補正』で殺された」と怒りを露わにする。
次の竜帝として立つ金竜テュフォンに呼び出され、彼の望むまま忠誠を誓い、前世の知識をすべて共有した。竜の乙女、攻略対象、竜帝テュフォン陛下、異世界から来る主人公、悪役令嬢エステファニア、断罪、陵辱バッドエンド、ハーレムエンドの隠しキャラ――様々な知識が共有され、テュフォンは決断する。
「我ら竜は、誰かの手のひらで踊る気はない」
未来を変えるための戦いが始まった。




