フランシスカ『天使と薔薇の庭』2
風が吹いて、薔薇が花弁を舞い上げる。その時に揺れたガゼボの薔薇の棘が、少女達の髪を揺らした。未婚の貴族令嬢のしきたりに従い、ハーフアップにした毛先が風に遊ばれる。
「きゃっ」
髪を手で押さえようとした私の手に、ちくりと棘が刺さった。慌てたせいで引っ張ってしまい、手袋を裂く音と共に指先から血が滴る。
「落ち着きのない子だ。誰か……」
侍女を呼びにいく父の呆れた声に俯いた私は、傷の痛みと情けない状況に涙が滲んでいた。これからの人生をご一緒するエミリオ様と、妹で天使のようなエステファニア様――彼らの前で情けない姿しか見せていない。本当はもっときちんと出来るのに……口惜しさと悲しさで滲んだ涙を必死で堪えた。
泣いて同情をひくなんて淑女らしからぬ行為よ。
「どうしましょう、リオ兄様。絡まって取れませんわ」
ぐすっと鼻を啜る少女の声に、顔を向ける。私よりしっかりしていると思った少女は半泣きだった。
エステファニアの銀髪と私の黒髪が絡まって、薔薇の棘に捕まっている。困惑した様子で解こうとするエミリオが、周りの人目を確かめてから囁いた。
「ねえ、少しだけずるをしてもいいかな?」
「構わないわ。ねえ、フランカ姉様」
突然可愛い声で呼ばれ、大急ぎで頷いた。耳のあたりの髪が引っ張られたけれど、痛みが気にならないくらい嬉しい。エミリオの白い指が丁寧に髪を薔薇から外し、途中でエステファニアの銀髪のリボンを解いた。
家族以外の前で髪をすべて下すのは淑女として失格……だからエミリオは「ずるをしよう」と言ったのだ。言葉にされなくても、自分が家族の中に含まれたと気づいた。
風に踊るさらさらの銀髪を、彼女は指で確かめるように梳く。途中で薔薇の棘が残っていたのか。顔をしかめて唇をきゅっと引き締めた。みると彼女の指先に血が滲んでいる。まだ絡まったままの私の黒髪を解くエミリオは気づけず、エステファニアもしゃくりあげる声を殺して唇を噛んだ。
赤い血が玉になった指先を引き寄せ、レースの手袋のまま唇を当てた。薔薇の棘には毒が含まれていることもあるという。少しすぼめて血を吸った。血の味が口に広がり、このままハンカチに吐き出せば……そう考えたが。
「フランシスカ嬢?!」
大声を上げたエミリオに言い訳しようとして、ごくりと血を飲んでしまう。その途端、何かが頭の中に湧き出した。堰き止められた記憶が一気に脳裏を支配し、見たことのない景色が広がっては消える。何か言わなくてはと唇を震わせるが、そのまま意識が遠のいて倒れた。




