第4話 はしたないこと
未婚の貴族女性が私の周囲に集まり始めた。彼女らは一様に扇で顔を隠しているものの、その表情は眉を寄せて嫌悪を露わにする。
「エステファニア姫様、ひどい災難ですわね」
「本当に、あのはしたない女は王太子殿下の何かしら」
貴族には派閥というものがある。いわゆる王族につくか、それ以外の貴族を旗頭にするかの選択だ。より強い権力を持つ側に媚を売るのが生き残るコツであり、有利な条件や楽に金銭を得られた。この国の派閥は2つ――我がメレンデス公爵派と、国王派のみ。その理由も、我が家の特殊な血筋にあった。
「愛する方だそうですわ。よろしいのではなくて? 私はクラウディオ王太子殿下の御子を産む気はなくなりましたもの」
にっこり意味ありげに笑うと、彼女たちはひそひそと内輪の話で盛り上がる。どちらにつくか? 考えるまでもない。国王派についても、何もメリットはないのだから。
「クラウディオ殿下。君はいつからそんなに愚かになったのかな。僕が言った意味を理解できないのなら、はっきり言い直そう」
兄エミリオが毅然とした態度で、先程の言葉を言い直した。月光のような銀髪がシャンデリアの光を弾き、我が公爵家特有の若草色に金を帯びた瞳が鋭く射抜く。
「その下品な恰好の女を下がらせてくれ。はしたなく淫らな恰好で、相応しい身分を持たない者が、玉座の前に立つことは許されない。なにより、ここに集う紳士淑女の目を穢す行いだ」
「なっ! 我が妻となるカルメンを貶めるか!?」
「貶めるも何も、さきほどの我が妹に対しての侮辱と違い、こちらは真実だ」
淡々とした声で、エミリオは言い切った。こっそり音をさせずに乾杯のグラスを上げて歓迎する貴族が現れる。
叫んだクラウディオに失望し、国王派の貴族が数人そっと広間から出ていく。おそらく派閥を抜けるつもりだろう。中立派でも作るかもしれない。突然こちらの陣営に駆け込んでこない辺り、あの方々は好感が持てるわ。微笑みながら見送った。
その微笑みがカンに触ったらしい。階段上から駆け下りたクラウディオが「手をだせ」と命じた。素直に左手を差し出す。
「エステファニア!」
「まだ問題ありませんわ、リオ兄様」
心配した兄の呼びかけに、穏やかな声で答える。だって、「まだ」婚約者なのだから。手を握られても問題ありません。彼が何をしたいのか気づいたため、好きにさせておく。
レースの手袋を引っ張られ、溜め息をついて声をかけた。
「私が外しますわ」
破られても王家に請求するから問題ないし、この程度の損害は痛くも痒くもない。だが人前で手袋を破られるのは、辱めに等しい行為だった。だから潔く自ら外すのだ。
手袋を外せば、白い手の甲に模様が浮かんでいた。ドラゴンを示す古代語だという文字は、メレンデス公爵家の娘にのみ受け継がれる。かつてドラゴンと契約した乙女が刻まれたという聖痕だった。




