第33話 逃げ道は与えない
「きゃあああっ、なにこれ、嘘っ! いやよ、こんなの……いやぁああああ」
絶叫する悲鳴が牢の狭い空間を満たす。凝視する前国王やクラウディオの前で、彼女の姿は激変した。
真っ赤になった肌が爛れていく。悲鳴を上げてのたうつ動きに合わせ、ずるりと皮が剥けた。その激痛に叫んで転がれば、さらに肉が崩れる。皮膚が溶けたため、頭皮がなくなって髪が抜け落ち、外見はゾンビと呼ばれる死霊と変わらなくなった。
額の紫の模様は皮膚を剥いでも残る。これは体に刻んだ呪いではなく、魂に刻んだ物が浮き出ているのだ。指先が剥けて、爪に引っかかった皮が垂れ下がった。そこまで壊れた身体は、少しすると再生を始める。
「ぐぎゃあああ、ぐぅ……がぁは、う゛っ」
泣き叫ぶカルメンが動きを止め、元どおりの肌に生まれ変わった己の手足を眺めた。先ほどの苦痛が幻覚じゃなかった証拠に、全身はまだズキズキと痛みを訴えた。それでも皮が剥けた瞬間より幾分マシだ。呆然とする彼女に、アグニが牢の外から無造作に魔法陣を投げつけた。
「え? ぎゃ、ぐあぁあああ、いぎゃぁああ、ぐぅ、あっ」
氷が全身を貫く。針のような鋭い氷が全身に突き刺さり、溶けて消える。また身体は再生を始めた。その様子を確認し、エミリオが感心したように呟いた。
「永遠に続く苦痛、ですか」
「再生機能が重要なんだ。生きたまま引き裂いても元に戻れる。だが戻る最中も激痛は続く。戻った後は激痛から一時的に解放された気になるが、実際には軽くなっただけで、痛みは蓄積される」
アグニは転生する前に戻った口調で、軽く説明した。激痛は蓄積されるが、治った直後は軽減されるため、次の痛みをより強く感じる。痛みが続くと麻痺する人間の防衛本能を逆手に取った形だった。
「人間の身体はどこもかしこも痛いのに、大変ね」
白青の竜は同情する口振りで、アグニの説明に追加のトドメを刺した。人が眠るのは、痛みや傷つけられた悲しみを薄れさせる為だという。そうしなければ精神や肉体は痛みに耐えかねて壊れてしまうから。しかし呪いを受けた者は死ぬことが出来ない。狂った状態ではなく正常な状態で呪いをかけられれば、必ずその状態に復元されてまた壊される。狂う心すら復元する為に、国王を気狂いから引き戻したのだ。
「今回の事態を真剣に捉えて対応してくださった皆様にお礼申し上げます。さすがは長寿で物知りな竜の方々です。お陰で最高の復讐が出来ます」
この場でアグニ達を相手に礼を口にすれば、共有した竜帝テュフォンにも自動的に伝わる。竜特有の感性を利用したエミリオの丁重な礼と感謝に、上でお茶のもてなしを受ける竜達に笑みが浮かんだ。誰が手を下したかは重要ではなく、どのように施したか結果が大切なのだ。
獲物を前に舌舐めずりしそうな笑みを浮かべ、エミリオは牢の中の罪人達を見下ろした。彼らは死ぬことがない。だが痛みを蓄積しながら苦しめ続けることが可能だった。どんな処刑方法でも、また蘇らせて何度だって試せる。
「本当に、最高ですね」
いっそ死にたいと懇願し、泣き叫んでもその願いは叶うことがない。渇望し続け、死に憧れながら朽ち果てる罰こそ相応しい。竜達はそう考えて口元を緩め、テュフォンはそんな同族に穏やかな表情で頷いた。




