第31話 相応に償わせたいからね
甘えた猫なで声で、媚びた口調の呼びかけに吐き捨てた本音に、アグニが口元を押さえて震えている。笑いに震える彼の隣で、白青の竜は「呆れたわ」と呟いた。
「野の獣の方がよほど礼儀作法を知っているわ」
困ったような呟きの裏に「だからこそ堕とし甲斐がある」と本音が滲んだ。すでに呪いを受けた国王と王太子は昏倒している。呪いが染みわたる頃、器である身体は作り変えられる。その変化は生きたまま手足をすり潰して混ぜ、全身に釘を打ち込むような激痛を伴った。
「そろそろだ」
牢番に上で別の仕事をするよう命じながら、エミリオは竜達の注意に首を横に振って残った。この下等生物が苦しむ姿を見逃すのは、惜しい。そう言い放ったエミリオに、竜達は好きにすればいいと了承した。呪いを示す額の模様を確認し、アグニが時間を告げる。
「ねぇ、あたしを出しなさいってぇ! 今ならぁ許すからぁ」
独特の口調で強気に捲し立てた直後、今度は甘えた声を出す。その声に滲む「自分は解放されて当たり前」という自信の根拠は知りたくもないが、鬱陶しさに言い返そうとしたエミリオの声を悲鳴が遮った。
「ぎぃあああああぁあ! ぐぁっ、ぐぎゃぁあああッ」
国王の喉がぼこりと盛り上がり、手足も膨らんでいく。限界まで風船のように腫れた全身がぼこぼこと不自然に波打った。何かが動くたびに喉が苦痛の叫びを放ち、血走った目がぎょろぎょろと動く。明らかに人として不自然な状態だった。
「ぃやだぁ! なにぃ、これ、気持ち悪ぃ」
叫んだカルメンの甲高い声に、隣の牢から「嫌だ、俺は悪くないっ、悪いのはあの女だ」とぶつぶつ呟く声が聞こえた。可能な限り鉄格子から身を乗り出して覗いた先で、クラウディオが頭を抱えて震えている。手足を縛ったロープは解かれ、散らばっていた。
目の前で父親が異形の姿で苦しんでいても、己が同じ目に合う心配が先に立つ。親に対する尊敬や気遣いなど一片もなかった。
「うん。わかってたけど、改めてみると醜いね」
外見を指した言葉ではない。エミリオが指摘したのは、クラウディオやカルメンの内面だった。そして竜の説明通りなら、国王が苦しむ時間が長いのは悪行の報いだという。
「ぐあっぁああ! ぎぃ、げぇああああ……うっ」
叫んでいた男が徐々に萎んでいく。元の外見に戻るまで僅か数分だった。額にある模様がなければ、国王時代と外見に大差ない。汚れた手足を確認するように動かし、国王はほっと息をついた。身体が破裂して死んだと思ったが、幻想だったらしい。
「ぐぅ、ぎゃああぁ、ぐあ。嫌だぁああああ!」
苦しむ息子の姿が膨らむ様に「ば、化け物だっ」と叫んで後退った。牢の湿った床をずるずると尻で滑り、出来るだけ距離を取る姿に国王だった威厳はない。同じように激痛が収まるのを呆然と見つめた国王は、ようやく我が身に起きた出来事だと気づいた。手足を今更ながらに再確認する。
「さて、あとは君だね」
意識がなかったり我を失った状態で呪いをかけても、彼らは己の状態に気づかないだろう。だから見せつけることにしたのだ。息子が、父が、愛してると囁いた相手が……化け物に変わった状態を。彼らの中に互いへの嫌悪や疑惑が膨らめば、それだけ罰は効果的だ。固まって楽に生きる時間を減らすことが出来るのだから。
「エミリオは人間にしておくのが惜しい」
アグニの呆れ交じりの言葉に「お褒めにあずかり恐縮です」と貴族の礼をして応じたエミリオは、銀の髪を乱暴にかき上げて、にっこり笑った。
「僕の妹や婚約者への無礼は相応に償わせたいからね」




