第30話 ゲームの強制力は?
ぼんやりする頭を振って、そこで湿った床に倒れている事実に気づいた。俯せだったため顔も胸も、あちこちが濡れてぬるぬるする。気持ち悪さに吐き気がこみ上げ、うっと口元を押さえようとした。しかしその手も汚れて黒かった。
最悪の気分で、ひとまず身を起こす。牢屋の中だろう。カビ臭い石の壁と床、目の前の鉄格子が寒々しい印象を与えた。ぶるりと身を震わせ、ワイン塗れの己の姿に気づく。
「酷い……高慢ちきなあの女が悪いのにぃ、なんであたくしがこんな目に合うのぉ」
不衛生な場所で意味不明な状況に、文句を吐き捨てた。廊下の方が牢内より明るいので近づくと、そこには赤毛の青年と白っぽい青髪の女性が立っている。目を凝らすともう1人、公爵子息エミリオがいた。
「エミリォ~、ここから出してぇ」
この世界はあたしが前世界で遊んだゲーム『竜舞う空の下で』そのものだ。美しくカッコいい攻略対象は5人、王太子クラウディオ、メレンデス公爵子息エミリオ、宰相家のロベルト、騎士団長の息子カリスト。そしてハーレムエンドを迎えた場合に現れる、竜帝テュフォンだった。
よくある転生とか転移とか、そんな感じだと思う。前世界の最後の記憶はあやふやだけど、どうせ車に轢かれたんでしょ? ネットの小説もそんな感じの話ばっかりだった。この世界に放り出されて、騎士団のカリストと出会う。でもあたしに興味がない感じだった。
異世界から来たと説明したら、今度は宰相に引き合わされる。隣で補佐をしていたロベルトも好みだけど、あたしの最推しは竜帝テュフォンだから、まずは全員をハーレム状態にしないといけない。クラウディオの婚約者が悪役令嬢のエステファニアだった。才色兼備で人望があって、自信に満ち溢れた女だ。
攻略対象のエミリオと同じ銀髪に、金と緑が混じった瞳で整って高慢ちきな顔を扇で隠す公爵令嬢は、常に取り巻きの侯爵令嬢フランシスカを連れている。フランシスカという女も悪役令嬢の立場で、エミリオの婚約者だった。
竜の乙女という肩書を盾に王太子クラウディオを縛り付ける悪女と、公爵子息エミリオを束縛して嫉妬で周囲を威圧する最低の女の組み合わせは、ゲームと同じ。だから言い寄ったが、エミリオにはさりげなく逃げられる。代わりに王太子のクラウディオがすぐに落ちた。
この世界はヒロインであるあたしの為のもの――竜帝テュフォンが目覚めたなら、彼はあたしの男よ。鉄格子に縋るようにしなだれかかり、攻略対象だったエミリオに声をかける。きっと彼もゲーム補正が働いて、今はあたしに恋焦がれてるはず。
「は? 本当に頭が壊れた女だね。汚らわしい、僕がお前に近づくわけないだろ」
吐き捨てる言葉の鋭さに、息をのんだ。なんで? ゲームの登場人物の癖に、ヒロインにこんな口きくの、おかしいじゃない! 絶対に変よ。だって『竜舞う空の下で』は18禁恋愛ゲームだったんだから!!
「えぇ、なんでそんなこと、言うのぉ? あたしがヒロインで、あんたは攻略対象なのぉ。だからぁ、あたしに逆らえるわけ、ないのにぃ」
ゲームに合わせた「あたくし」という一人称が素に戻る。それぐらい衝撃的だった。本当はゲームのヒロインは顔もスタイルも抜群で、簡単に男性を手玉にとれる。確かに悪役令嬢であるそれぞれの婚約者は腰も細いし胸もあって顔も綺麗な子ばかりだけど、あたしがヒロインなのよ?
ここはゲームの強制力とか補正が仕事する場面じゃない!?




