第29話 死という免罪符はない
意識を共有する――人と根本的に違う種族なのだと思い知らされた。エミリオにとって竜は憧れて拝む存在ではなく、罪を共有する仲間になる。1匹の竜の行いは、他の竜も知るところとなる。建物を尻尾で壊せば、その感覚やその時の考えや感情までも共有しあう竜にとって、復讐は全員が手を下す必要はなかった。
もちろん、誰もが己も手を出したいと願っていても……彼らの感情を一身に引き受けて、代表として赤い竜がこの場にいるのだ。
「遅くなりましたがご尊名を……。僕はメレンデス公爵家の嫡男エミリオ・ソラ・メレンデスと申します」
「アグニと呼べ」
押さえていたクラウディオが動かなくなったのを確認し、エミリオは立ち上がった。汚れた服に一瞬眉をひそめる。その仕草にくすっと笑ったアグニが手を翳した。白い炎が一瞬でエミリオを包み、直後に消える。熱さは感じなかった。驚いて目を瞬くと「これが竜の魔法だ」と笑う。
洗浄や浄化の類なのだろう。綺麗な姿に戻ったエミリオは「これでフランカやティファを心配させずにすみます」と表情を和らげた。足元に転がるクラウディオは気を失ったのか、動かない。紫の光を吸い込んだ額に、奇妙な模様が浮かんだ。
「ありがとうございます。アグニ様、彼は……」
どうなったのか。尋ねるエミリオに、淡々とした声でアグニが答えた。足元の虫けらを見つめるような赤い瞳は鋭く、嫌悪感すら込められている。
「死なず人だ」
滅多に聞かぬ単語だが、竜に関わる伝承に記載がある。死なず……文字通り死ねない存在だった。人が望む不老不死ではなく、老いるのに死ねない。身体が老いて動けなくなり、石のように固まっても死なずに生かされる呪いだった。
「竜の重罪人は死なずの呪いを受ける。決して死ねず、かと言って自由に動くことも出来ず、いくつかの山には今も彼らが眠っているであろう」
過去の記憶を懐かしむように饒舌になったアグニは、にやりと口角を持ち上げた。クラウディオの額には、紫の模様が刻まれている。それは魔法陣と呼ばれる記号と文字だった。興味深そうに額の模様を眺めたエミリオが、首をかしげる。
「この文字は見覚えがあります」
「竜の乙女が手記に残したか」
後ろの牢でけたけたと笑い声をあげる壊れた男を振り返ったアグニは、少し考えてからぼんやりした目で何かを確認している様子だった。邪魔をしないよう待つエミリオに向き直り、階段の上を示す。
「白青の髪を持つ竜を迎えてくれ」
「はい」
必要なのだと気づいて牢番に合図をした。彼は目の前で起きた超常現象に目を瞬かせていたが、慌てて階段を駆け上がる。この場に長くいたくないらしい。案内が終われば外へ出してしまった方がいいだろう。算段をつけるエミリオの横顔を見ながら、アグニは意識下で仲間との打ち合わせを続けた。
「お待たせしました。アグニ、陛下が苛立っておいでよ」
降りてくるなり文句をつけた女性は、膝まで届く白青の長い髪を三つ編みにしながら肩を竦めた。尋ねるまでもなくテュフォンを指した言葉だ。
「伝わっている」
「それならいいわ。私はこれを直せばいいのね」
意識を共有した竜同士は、互いの考えや行った罰は伝わる。場合によっては視界や感情まで共有するため、この場で起きた事象は承知していた。逃げ損ねて狂った国王へ小さな呪文のリボンを絡めた彼女は、少しするとリボンを消す。対象物に干渉し、物質に残る時間の経過を曖昧にした。狂う前まで精神を引き戻された国王が「ひっ」と悲鳴をあげて、エミリオから逃げようとする。
鼻先をそぎ落とされた醜い男の顔に、白青の竜は「この顔も直すの?」と尋ねた。先ほどから治癒を意味する「治す」ではなく、物を修復する「直す」を使用する彼女も、この場の罪人をモノとして扱っている。残酷なほど優先順位がはっきりした竜の性格は、エミリオにとって好ましかった。
ある意味、人の中で浮いてしまうほど愛する家族と婚約者を優先する自分の気質は、竜の血だったと誇らしくさえ思う。
「この顔は放置しましょう」
醜い姿で這いつくばるがいい。そんなエミリオの発言に、竜達はくすくす笑って同意した。




