第23話 やり直すお呪いを
広間側の扉を叩いて、入室許可を求めたのは愛らしい王女様方でした。
「お母様、私たちもお連れください」
伯母様のガラスの鈴を揺らしたような、心地よい声に、穏やかな声が重なった。国王の血を強く引いた赤毛の王女だ。泣きそうな顔で懇願する彼女に、伯母様は静かに返した。
「あなたは他家の娘でしょう? 連れ帰ることはできません」
己が産んだ娘に対するには冷たい言葉だった。がくりと崩れ落ちた王女へ、もう一人の王女が駆け寄る。
「無理よ、お姉様。お母様はメレンデス公爵家の姫ですもの」
「カサンドラ様、リアンドラ様。よいお呪いを教えますわ」
従姉妹たちの置かれた状況に、同情が先に立った。これから没落の一途を辿る王家の姫が、生き残るための最後の呪文だ。今まで仲良く過ごしてきた。義妹になるはずだった彼女らが不幸になればいいとは思えない。クラウディオは別だが、王女たちはいつも私を「お姉さま」と呼び慕ってくれた。
「エステファニア姫様、兄の非礼をお詫びします」
「遅くなり申し訳ございません。兄はあの女に狂わされたのでしょう。代わってお詫びいたします」
可愛い妹のような2人を招いて、扇の陰でこそりと短い言葉を教えた。驚いた顔をして「それだけで?」と尋ねる。笑顔で頷くと、淑女の礼をしていそいそと玉座のある広間へ向かった。
2つ下のカサンドラ王女、さらに3つ下のリアンドラ王女は素直に育っている。伯母様に似た美しい外見もさることながら、他者を貶めることのない内面も素晴らしかった。同じ親から生まれ、どうして婚約者のクラウディオだけがおかしいのか。
「あの子たちを連れて行くの?」
伯母様に国王陛下への愛情は感じられなかった。長く一緒に暮らした家族の情はあれど、恋愛の感情は生まれなかったらしい。さっぱりした様子で、縛りつける鎖から解放されたと微笑む姿は、彼女にとって王宮が鳥籠でしかなかった証拠だ。一歩間違えば、私も同じ立場だったけれど。
そんな夫との間に生まれた我が子も、さほど大切に思えなかったのだろう。毎月必ず招待されるお茶会は、いつも私とフランシスカのみで、王女たちも呼ばれなかった。それが伯母様の心境を表している。
「さすがにお気の毒ですわ」
「ティファらしいけれど、その優しさにつけ込まれないようにしなくてはね」
人の思惑と利害が絡む王宮で暮らした美女の忠告に「はい」と素直に同意した。そこへ肩書を捨てた少女たちが大急ぎで戻ってくる。はしたなく裾を散らすことなく、できるだけ早足で、けれど優雅さを損なわないぎりぎりの速さだった。
一礼する彼女らの後を追うように、拍手が広間に響いている。どうやら従姉妹たちは上手に振舞えたらしい。ほっとして表情が和らいだ。
「宣言してまいりました。お姉さまの侍女として、おそばに置いてくださいませ」
「王太子の妹だった過去は恥です。婚約者であった方にもお詫びしました。どうかお連れください」
言われた通り、玉座の前で「セブリオンの家名を捨てる宣言」を行ったのだろう。これで縁が切れた。実際は血縁関係があり、多少の情が残る。それでも彼女らは選んだのだ。貴族としての家名も捨て、やり直す未来を……。




