第22話 すべてお前らのせいだ!
必死で逃げ出した。あの場に留まることは、敵に首を差し出す行為だ。国王の座に着いてから、今日まで好き勝手に生きた自覚はある。王妃に愛人の存在がバレていたのは、予想外だった。
ずっと知っていたのに、知らないフリをしていた彼女の気持ちはわからない。ただあの笑顔は許したわけじゃないと語っていた。指輪を外して置いたときの満足げな表情、やっと解放されたと微笑んだ王妃が怖い。
メレンデス公爵家の者の特徴だった。表面は笑顔で取り繕うが、内心は残酷で容赦ない一面を隠している。自分たちの置かれた立場を客観的に判断する冷静さが、まるで人外のようで底が見えなかった。
だから王妃以外の女性に救いを求めたのだ。癒されたいと思った。疲れる腹の探り合いと、義務でしかない王妃との生活に嫌気がさした。そう、すべて王妃とメレンデス公爵の所為だ。
外交手腕は優秀で、難しい案件でもあっさりと解決する。内政問題もすこし手を回せば、メレンデス公爵ベクトルの思い通りに動いた。まるで彼が王のように、他の貴族は彼に従う。
お前はお飾りの王だと笑われている気がして、居心地の悪い玉座だった。今日の騒ぎも、もしかしたら奴が仕掛けたんじゃないのか?
義理の弟という立場でありながら、私に名を呼ばせない。これは王位に就く前、王太子の頃からそうだった。いずれ王妃となる婚約者の弟に「ベクトル」と呼びかけた途端、殺されそうな視線を向けられた。まるで通りすがりの野犬を見るように、軽蔑と嫌悪の色を浮かべ「名を呼ぶのはご遠慮ください」と慇懃無礼に拒絶された。
そうだ、あいつは最低な臣下だ。王になる私を見下していた。苛々しながら、かき集めた宝飾品を詰め込んだ袋を担いで足早に歩く。この王宮には、緊急時の脱出口が複数設けられている。すべての出入り口を把握しているのは、王位継承権を持つ王子と国王だけ。妻となるメレンデス公爵令嬢であっても、秘される出口があった。
大股にその出口へ続く階段下の物置に入る。埃が積もった部屋の臭いに顔を顰め、突き当たりに置かれた大きな鏡に手をかけた。この裏に出入り口がある。ここまで来れば安心だとひとつ息を吐いて、鏡をゆっくり左へスライドさせた。
薄暗い物置の奥から、眩しい光が溢れ出す。思わず手で顔を覆って呻いた。
「伯父上、ご自分だけ逃げるおつもりですか? 愛を囁いたご婦人も捨てて……セブリオン家は本当に恥知らずな一族ですね」
辛辣な言葉を吐いた美貌の青年は、光を弾く銀髪を乱暴にかき上げた。埃が舞う場に先回りした彼の慧眼に舌打ちし、腰の剣を引き抜く。
「甥に斬りかかるなど、最低ですよ」
「口先だけの若造がっ!」
叫んで振りかぶった剣が、低い天井に引っ掛かった。驚いて引き抜こうとするが、斜めに突き刺さった刃は深く食い込んで動かない。焦って柄に体重をかけて引っ張る国王の鼻先に、鋭い銀の刃が突きつけられた。
「こんな狭い場所で振りかぶる愚者でよかった。おかげで殺さずに捕獲できます。簡単に殺して終わりにする気はないそうですよ」
他人の発言を代弁したエミリオの言葉を尋ね返す暇もなく、鼻先を削ぎ落とされた。
「ぐぎゃぁあああ」
痛みにのたうち、足元に宝飾品が散らばる。落ちた袋の中身を踏みにじりながら、甥は整った顔を近づけた。
「さあ、戻りましょうか。まだ舞台の幕はおりていませんから」




