第21話 淑女の嗜みの重要性
承諾して、フランシスカの拍手で我に返った。いけないわ、お父様やリオ兄様に相談せずに頷いてしまうなんて。
撤回しようと跪いたテュフォンに視線を戻せば、それはそれは幸せそうな満面の笑みだった。今更撤回なんてできないわ。みっともないし、何より彼を落胆させてしまう。
一度は受けた婚約話を、直後に拒否したら泣いてしまうのではないかしら。そのくらい、彼は言葉以上の愛情を全身で示していた。
「お、お父様。私……」
「ああ、よかった。お前を本心から愛する方の元へ嫁げるのだから。幸せなことだ。亡き妻も喜んでくれるだろう」
人前なのに憚らず涙を流し、お母様のことまで持ち出して喜んでくれる父に、私も貰い泣きをしてしまいました。頬を濡らす涙に、ハンカチを探そうとして……先ほど、テュフォンに渡してしまったことに思い至る。まずいですわ、扇で隠して誤魔化せるかしら。
探した扇はソファ前のテーブルに置かれていた。しかし先ほど骨を折ってしまった扇は、形こそ美しいけれど広げたら砕けてしまいそう。袖で拭くわけに行かず、手のひらで包むように頬を隠してみる。
「ティファ、こちらを使って」
戻ってきた伯母様の声に、大急ぎで差し出されたハンカチを受け取った。危なかったわ、もう少しで鼻水も出てしまいそうだったのですもの。色気がなくて申し訳ないのですけれど、淑女といえど泣けば涙以外の液体も出ますわ。
あとで新しく刺繍を施した新品をお返しすることに決め、遠慮なく鼻も涙も拭かせていただきます。
「あら、リオ兄様がいらっしゃらないわ」
隠れて鼻を啜りながら、部屋にいたはずの兄の姿を探す。婚約者であるフランシスカが、取り繕うように泣き笑いの顔で答えた。
「エミリオ様、は……貴族の方々とお話し、があって。ねえ、おじさま?」
もうすぐフランシスカの義父となるベクトルが、慌てて頷いた。相槌を打つ姿に、嘘を感じとる。
「あ、ああ。そうだ、そうだったな。貴族との……」
「お父様っ、嘘をおっしゃらないで」
ぴりっとした雰囲気を壊すように、テュフォンの手が涙で冷えた私の頬に触れる。包むように這わされた手は温かく、うっとりと目を閉じた。
「険しい顔も素敵だが、我の前では笑っておくれ。我が愛しき乙女よ」
口のうまい新たな婚約者に丸め込まれる形で、兄の不在が有耶無耶になってしまう。こういうのも悪くないわと口元を緩めながら、ひとつ息を吐いて気持ちを落ち着けた。
「わかりましたわ。別に怒っておりません」
「隣に座っても?」
礼儀正しく尋ねる紳士へ、どうぞと隣を示す。この人は紳士だけれど、己の気持ちにとても正直な方なのだわ。なんだか子供のよう、おかしくなって綻んだ口元をハンカチで覆い隠した。
たぶん、伯母様にはバレてしまうでしょうけれど。




