第20話 熱烈に口説かれて
意識がゆっくりと浮上する。ふわふわと現実感のない、空を飛ぶような揺れに誘われて目を開いた。と同時に慌てて閉じた。
何だったのかしら、今、見えたのは……。
目を閉じたまま、自分の身体を包む温もりを確かめる。背中から腰、膝裏、左半身が温かい。あと頬もじわりと熱が伝わってきた。
「ティファ、目が覚めたのでしょう?」
親友フランシスカの「わかってるわよ」という声に、そっと目を開けた。美しい金色の瞳が真っ直ぐに覗き込んでくる。数回瞬きすると、金瞳の青年は美貌を和らげて微笑んだ。
「よかった。具合は悪くないか? どこぞ痛まぬか?」
「あ、あの……」
「そなたは倒れたのだ。気を張っておったのだな。気づかず悪いことをした」
申し訳なさそうにテュフォンが謝るため、「いいえ」と答えてしまった。
「下ろしていただけますか?」
ソファに腰掛けたテュフォンの膝の上に横抱きされた形は、お姫様抱っこと呼称される体勢だ。未婚女性として、婚約者以外の腕に身を委ねるのははしたないと慌ててしまう。
「ベクトル、なぜステファニーは慌てているのか。我の言動はまたおかしいか?」
困惑した表情で父に尋ねる前に、私のお願いを聞いてくださいませ! 左側に束ねた淡い金髪をちょっと引っ張って気を引いた。途端に蕩けるような甘い笑みを向けられる。
「どうした? 何かあれば遠慮なく言うがよい。飲み物をやろうか、それとも」
「下ろしてくださいませ」
今度は疑問形ではなく、確定させて同じ言葉を繰り返した。少し眉尻を下げて唇を尖らせた仕草は、尻尾や耳があればしょんぼりと垂れていただろう。まるで叱られた子犬のようだ。
「陛下、聞こえておいででしょう?」
「ああ、隣に居てくれるか」
しっかり要求を突きつける抜け目のない青年の顔を見つめ、頬が赤くなってしまった。無駄に顔のいい殿方も考えものだわ。その顔で捨てられた犬のように悄気られると、悪いことをした気分になりますもの。
何にしろ今の状況より、隣に座る方が外聞がいい。妥協が必要だと自分に言い聞かせた。
「わかりました。隣に座りますから、お膝の上からソファに下ろしてくださいね」
頷いたあと、なぜか抱いたまま立ち上がられてしまい、反射的に首に手を回して絞めるように抱きついた。落ちる恐怖に肌が粟立つが、しっかり支えるテュフォンの腕に不安が消えていく。そのまま向きを変えて、ソファの上に下ろされる。
陛下と呼称される方が膝をつき、私の足元から見上げてくる姿は背徳感に苛まれてしまう。レース越しの手を捧げ持ち、そっと上に唇を押し当てられた。顔を伏せるのではなく、顔の高さまで手を持ち上げる仕草は懇願の色を滲ませる。
「美しき月光のごときステファニー嬢に申し上げる。そなたに心奪われた哀れな男に、婚約者となる最高の栄誉を与えて欲しい。我はもう、そなた以外を愛せぬ」
じわじわと血が上って、手も首筋も耳も……頬もすべてが赤くなった。熱くて息が苦しい。どうしましょう、こんな……熱烈な告白は初めてで。どうしたらいいのかわからない。
好きでもない王太子と義務で子を成すのだと思い込んでいたから、こうして告白される状況に憧れていた。兄エミリオが親友のフランシスカを口説いた時のセリフを思い出し、さらに身体が火照ってくる。
「……はい」
熱くて朦朧としながら、気づけば頷いていた。




