第19話 滅びの音は迫っていた
先々代の国王、目の前の愚かな王太子の祖父の代から、セブリオ国の王政は綻び始めていた。賢い貴族は気づく者も現れ、徐々にメレンデス公爵派が増える。
血が淀んでいた。この頭の中が空っぽな王太子を見ればわかる。学ぶべき義務を果たさず、王族としての責務を放棄して、淫らに享楽を甘受する。色欲に溺れ、権力を盾に他人の妻や婚約者にちょっかいを出す王太子に、誰がついていくというのか。
さすがに貴族の御令嬢への手出しは最小限に控えていたが、市井の女性を集めて次々と寝室へ引き込んだのは噂になった。揉み消した国王の心労は如何許りか。まあ、彼も愛人を隠していたのだから、大した違いはないが。
伯母上も愛人の存在は気づいていたらしい。あっさりと国王を見限った一因に、愛情の不足だけでなく愛人の存在があるのは間違いなかった。
「竜の乙女は妹のティファで21代目だ。3代目から18代に続き、同じ血族とだけ結婚してきたら……どうなるかわかる? 君の血は濁り、汚れている」
吐き捨てる言葉に滲んだ嫌悪は、過去の乙女達の手記を読んだからだ。18人もいれば、他の男に惚れて婚約解消を望んだ姫もいた。王子に襲われ純潔を散らされ、無理やり王妃にされた女性の涙で滲んだ文字を覚えている。妹が同じ立場になったらと想像するだけでぞっとした。
本来の伝承通りなら、竜帝が目覚めるまでの間に王位は血筋に関係なく継承されるはずだった。竜の乙女が選んだ男が王となり、国を守り平和を維持する。竜が望んだ仕組みが機能すれば、この国は豊かな平和を享受する国だったのだ。
捻じ曲げた歴史は、血の淀みという形でセブリオン家に報復した。竜の乙女としか婚姻しない王家に、近親婚による弊害が出たのだ。エミリオが何もしなくとも、次の代に崩壊しただろう。だがそれでは遅い。妹ティファが犠牲になってしまう。だから貴族達への根回しを急いだ。結果が出る前に竜が目覚めたため、もう被った猫も必要ない。
「なっ! あの女のせいか」
「馬鹿なのかな? いや、馬鹿なんだね」
王太子のいう「あの女」が伯母上を指すのか、妹ティファを示すのか。どちらにしても愚かな発言だ。今僕が説明した内容すら理解できないのだから、もう何も告げようと思わなかった。このまま地下牢で朽ち果てるだけの『幸せな最期』にはしないから、そこは安心して欲しい。
「反省する頭があるなら、少し考えるといいよ」
カビ臭い地下牢の床は、じめじめと湿っていた。踵を返したエミリオの靴音が遠ざかるのを、王太子は茫然と見送る。
メレンデス公爵家は臣下で、自分は最大派閥の娘を引き取って王妃にしてやる親切な王子だ。次期国王なのだ! なぜこんな場所に閉じ込められている? 喚き散らしても、牢番はもちろん誰も反応しない。王になったら、全員縛り首にしてやるぞ! 叫んだ言霊が現実になることはないと理解できないまま、クラウディオは牢の中で喚き続けた。




