第17話 元王太子の足掻き
「離せっ、無礼者め!!」
叫んだ元王太子を牢屋に放り込む。隣の牢には、竜帝テュフォンにより転送されたカルメンが転がっていた。それに気づくと、檻の中から必死に手を伸ばす。
「カルメンっ! 貴様ら、彼女に何をした?」
連行される最中、なんとか彼女を逃してやれた。あとは彼女が助けを呼んでくる手筈だったが、なぜか先に牢に転がされている。手足に傷はなく、眠っている様子だが心配から叫んだ。
「……ん、て、ふぉん」
別の男の名を呼ぶカルメンの本性を、まだクラウディオは理解できない。何か違う言葉が途切れて聞こえたせいだと自分を誤魔化し、彼女と自分を牢から出すよう命じた。しかし兵士たちは動かない。
「俺は王太子だぞ!」
「クラウディオ殿、セブリオン家は今や王家ではございません」
信じられない言葉を突きつけられ、驚きすぎて声が出ない。丘に上がった魚のようにぱくぱくと動く口は、ただ空気を飲み込むばかりだった。
「まさか、王族でありながら知らなかった、のですか?」
兵士達が顔を見合わせ、呆然としながら尋ね返す。「こんな阿呆が主君になるところだったとは……」と本音を呟く者が出たのも、致し方ない。この国の子供ですら知る伝承、竜という存在に護られ崇める国の根幹をなす情報を、王太子が知らないと考えたこともなかった。
「あなたが婚約を破棄、いえ……解消なされた御令嬢は、竜の乙女でメレンデス公爵家の姫君です。御伽噺にあるとおり、竜の乙女の婚約者がいなくなれば竜が目覚めて迎えにくるのですよ?」
だから代々の王族はメレンデス公爵令嬢が生まれ落ちた瞬間から、王太子の婚約者として定めた。竜の乙女に婚約者がいない時期を作らないためだ。
竜の乙女を妻とした男が、この国の王となる。彼女が別の男を愛さぬよう、代々の国王は心を砕き乙女を大切にした。その意味を、王太子でありながら理解せず、婚約を一方的に破棄したのだ。
「竜なんているわけがない! そんな御伽噺を信じているのか? 愚かすぎるぞ」
「愚鈍なのは君の方だよ、クラウディオ」
竜の加護に包まれた国の王太子が、竜を否定するなど愚かにも程がある。否定する聞き慣れた声は、メレンデス公爵家のエミリオだった。地下牢へ降りた彼は、カルメンの姿を一瞥したあと眉をひそめる。視線に入ったことが煩わしく、しつこく言い寄られた過去が脳裏を過った。
「今なら許してやるから、ここから出せ」
「それはできない相談だ。何しろ、君はこの国の王となる方と、我が妹に無礼を働いた罪人だよ。君は勘違いしているみたいだけど、ちゃんと昔教えたはずだ」
言葉を切って、エミリオは整った顔に美しい笑みを浮かべた。背筋が凍るような……それはそれは恐ろしい笑みを――。




