第15話 愛称が増えました
「無礼なっ」
入室許可もなく入り込んだカルメンに、声を上げたフランシスカが間に立つ。ひらりと彼女のドレスが広がった。風に押されるように、スカートが廊下の方へ引かれる。そこで気づいた。隣のテュフォンの表情が強張ったことに。
「お前が異物か」
立ち上がった彼が、手のひらをカルメンへ向ける。次の瞬間、彼女は飛ばされて部屋から廊下に出された。転がった彼女の足があらわになる。赤ワインで濡れた下着のような姿が廊下に横たわり、その太腿まで布がめくれていた。
「あの子、下着がないの?」
茫然と素で呟いたフランシスカが、慌てて扇で顔を隠した。言われて気づいたけれど、確かにカルメンの捲れた布に下着の線がない。薄いドレス一枚なのだから、濡れたら下着の線や色が透けるのが普通なのに……ぞっとした。
貴族令嬢でない市井の女性も下着は身につける。夜の商売をする者であっても、下着くらいは身に付けると思うのだけれど。これでは本当に痴女じゃないの。
女性達が注目する場所と、テュフォンが眉をひそめた部分は違っていた。
「も、申し訳ございません。騎士を突き飛ばして逃げました。すぐに牢へ運びます」
貴人へ無礼を働く女に縄をかける騎士は、どこを掴んで連れていけばいいか困惑していた。当然の判断だろう。ほとんど裸と呼んで差し支えない格好なのだ。王宮に勤める騎士は貴族の次男や三男などが多く、女性は優しく扱うマナーが身についていた。罪人といえど、裸の女性を連行する経験はない。
「よい、我が飛ばしてやろう」
呆れ声のテュフォンが虫を追い払うような所作で手を振ると、廊下で失神するカルメンが消えた。忽然と消えた彼女を探す騎士へ、テュフォンは足元を指差す。
「地下牢だ。一番手前の部屋に入れた。命があるまで、外へ出すな」
「はっ」
慌てた騎士は言葉を疑うことなく一礼して下がる。今の魔法のような出来事は何だったのかしら。フランシスカと顔を見合わせたところに、今度はノックの音が響いた。
大広間側の扉が開き、父と兄が顔を見せる。
「お父様、リオ兄様。きちんと説明してくださいませ」
助けが来たとほっとする私だが、ソファに腰掛けたテュフォンが腰に腕を回して引き寄せる。後ろに転ぶ形で彼の膝の上に、ちょこんと座った。
「え、ちょっ……テュフォン様!?」
「よい、ここにおれ」
いや、婚約者ではありませんのよ? 何より、婚約者でも人前でこんなことしませんわ。手足を動かして逃げようとするも、ぐいっと引き寄せられて背中にテュフォンの逞しい胸が当たる。
「おお。我が娘ながらお似合いだ」
父ベクトルの発言に、唖然としてしまった。娘が目の前で襲われているのに、お似合いですって?! 興奮しすぎて顔が真っ赤になり、息が喉に詰まって苦しい。視界が歪むほどの羞恥と怒りでぶるぶると全身が震えた。
「何をっ!!」
「落ち着け、我が花嫁よ。他の者はティファと呼んでおったな。我はステファニーとしよう」
首筋に息がかかり、恥ずかしさで泣きそうな顔になる。そんな頬や額にキスを降らせるテュフォンは、大広間での紳士的な態度が嘘のように親密に振る舞った。
「ティファ、この方は竜帝陛下であらせられ、君の本当の婚約者だよ」
リオ兄様まで……この状況を咎めずに何を。え? 竜帝陛下――それって、伝承の竜じゃないかしら?!




