第13話 敬称は陛下でしたのね
掴んだ手は大きく、とても温かかった。セブリオ国は白い肌が多い。褐色の肌は珍しくて、でも気持ち悪いとは思わなかった。逞しい手のごつごつした剣だこに、リオ兄様みたいね、とのんびりした感想を持つ。
必死に騎士の訓練をした兄の手は、貴公子然とした外見から想像できないほど硬い。その感触に似て安心できた。
「ティファ……その」
フランシスカが困惑した様子で声をかけ、私は我に返った。婚約者でもない男性に、手袋越しとはいえ手を握られているのだ。これははしたない行為なのではないか。おろおろして手を離そうとしたが、少し強く握られた。彼の顔を見上げると、優しい表情で見つめている。
頬が赤くなって俯いた。
「ベクトル、何も説明していないのか?」
「申し訳ございません。ティファは王太子と結婚すると思っていたものですから……まだ何も」
頭上で金髪の紳士と父の会話が行われ、扇で顔を隠したまま黙って見守る。何も説明を? ……先ほどの花嫁発言かしら。
「少しお待ちください。陛下」
「いや待てぬ。我が自ら説明しよう。部屋を用意せよ」
父の呼んだ「陛下」という敬称に、どこかの王族なのかと驚く。ならば私が花嫁という話は、突然出たのかしら。それとも王太子であるクラウディオが頼りないから、よその王族との結婚を決めたとか?
そんな大切な話なら事前に相談してくださればいいのに。責める眼差しを父へ向けた私をよそに、金髪の紳士が腰を引き寄せる。スタイルの良さは自信があるものの、ダンスでもないのに腰を抱き寄せる行為は、婚約してからにしていただきたいわ。
僅かな不満がピンクの唇を尖らせたものの、そこは淑女の必須アイテムで隠した。この扇で殴らないのは、不愉快ではないから。これがクラウディオなら殴っていた。
「こちらの部屋をお使いくださいませ」
王宮の女主人だった伯母様が促すまま、集まった貴族と王太子、下着姿の自称ヒロインを置いて歩き出す。金髪の青年に手を引かれた私の背に、クラウディオの罵声が飛んできた。
「複数の男を股にかける売女め! お前のような女との婚約は、破棄して正解だった!」
その侮辱はそっくりお返ししますわ! 預けた右手ではなく、左手に持った扇の骨がみしっと軋む。怒りに任せて強く握った扇の悲鳴を聞きながら反論しようとした口を、青年が指先で遮った。
不躾に触れる真似をせず、体温が届かぬ距離で覆うように翳した手に言葉を飲み込む。代わりに向き直った彼がひとつ溜め息をついた。
「愚かな男よ。ベクトル、捕えろ。絶対に死なせるな」
先ほどの「摘み出せ」とは異なる命令だ。騎士は敬礼して、見知らぬ青年の前で膝を折った。圧倒的な迫力と凄み、なにより気品がある。
「はっ。陛下の仰せのままに」
父ベクトルが指示を出し、兄エミリオが動く。あっという間に王宮騎士によって、喚き散らす元王太子殿下は引きずられていった。




