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第2話 仕官

 ローザは驚愕した。何が起こったのか、目の前で見ていたのだが、信じられなかった。

 ローザが突き入れたショートソードを、アエスタは両手の平で挟んだ。真剣白刃取り、というやつだ。挟んだ、そこまでは良かった。その後だった。


 アエスタが手で挟んだ直後、ショートソードは呆気なく折れた。耐久性重視の、どちらかというと肉厚な刃であったが、あっさりと折れた。折れるばかりか、アエスタが開いた手の中では、刃が砕けていた。

 どんな手してるの!!とローザは驚愕した。余りの驚きに叫ばなかった自分を褒めてやりたかった。戦意は完全に失っていた。


 対するアエスタも、驚愕していた。しどろもどろになりながら、ローザに声を掛けた。


「ご、ごめん、まさか折れるとは思わなくて」


 ローザは、恐る恐るアエスタの顔を見上げた。改めて見ると、途轍もない美貌の持ち主だ。艶やかな黒髪は、ローザと同じくらい短いが、全くその美しさを損なっていない。細い眉と、その下にある気の強そうな吊り目の瞳も、深い黒であった。


「それ、もう折れるじゃなくて、砕けるでしょ」


 ふと、横から声がした。向くと、これまたドレス姿の女が立っていた。アエスタは赤いドレスであったが、この女は生成りの白に近い色のドレスを着ていた。アエスタも美しかったが、この女もまた美しかった。これまた艶やかな栗色の髪が印象的であった。アエスタが野性味に溢れた美だとすれば、この女は洗練された美、とでも言ったところか。


「あ、あか」


 何か言おうとしたアエスタの声を遮り、栗色の髪の女が言った。


「違うでしょ、アウトゥムヌスよ」

「それ言いにくいんだよ」

「知らないわ、私が自分で付けたわけじゃないし」


 非難めいた視線を送るアエスタを無視し、アウトゥムヌスと名乗った女は言った。


「それより、ごめんなさいね、この馬鹿が武器を壊してしまって。えーっと」

「ローザです」

「そう、ローザさんね。ここに居るということは、後宮の近衛希望なのかしら?」

「は、はい」


 アエスタも、そしてこのアウトゥムヌスも、特に高圧的な態度を取っているわけではないのだが、ローザは落ち着かなかった。アエスタの、あの異常な行動ひとつで、自分の傭兵としての矜持など吹き飛んでしまったのだ。素手で武器を破壊してくる相手に、どうやって立ち向かえと言うのか。そのアエスタと対等に話している、このアウトゥムヌスも、同じようなものなのだろうか。

 やはり、王城の近衛ともなると、在野の傭兵程度では太刀打ちできないのだろうか。同じ女とは思えないアエスタ達の、その力と美貌に、ローザは戦慄していた。


◇◇◇


「ごめんなさいね、剣のことは申し訳なかったわね」


 ローザの目の前、ハイレシスと名乗った女、どうやら後宮の主人らしき人物は、面会早々に切り出した。


「い、いえ、もう使い古したものでしたから」


 ローザのショートソードは、彼女が傭兵稼業を始めたときから使っていたものだった。愛着が無いか、と言われれば、ずっと命を預けてきた相棒のようなものだったから、全く無いとは言えなかったが、そんなことを正直に伝える気にはならなかった。というのも、目の前の女、ハイレシスが恐ろしかったからだ。


「ふふっ、そんなに怖がらなくても大丈夫よ、取って食べたりしないから」


 ハイレシスが微笑むと、ローザはそれだけで気が遠のきそうになった。こう、心の臓を鷲掴みにされたような、そんな感覚に襲われた。何故だか、もう逃げられないと、ローザは感じた。


「それでね、お話があるのだけれど」


 ローザが渇望していた定職の話は、あっけなく現実になった。


◇◇◇


 ローザは、城を訪れたその日に仕官が決まり、これまたその日のうちに城内に住むことになった。宿に置いてきた、僅かばかりの私物は、その日のうちに官吏が引き上げて、割り当てられた仮住まいの部屋に持ってきた。


「これが、仮住まい、か」


 ローザがその日寝るためだけに割り当てられた部屋は、城で働く女中、メイド向けに用意された部屋であった。

 メイドとは言え、王城であるから、それなりの身分の女性ばかりなのだろう。ローザは部屋に入った途端、感嘆の声をあげた。


「こんな部屋、見たこともないな」


 傭兵とはいえ、ローザも女子である。高級感を放ちながらも、どこか可愛らしい雰囲気の部屋を、彼女は一目で気に入った。しかし、ここはあくまでメイド用の部屋で、近衛の部屋ではない。ローザは、何となくだが、堅苦しい部屋を想像してしまった。

 近衛の部屋も、こんな可愛い部屋だったら良いのに、とローザは思った。


◇◇◇


 夕方、日も暮れかけた頃、王城の一室で、アエスタがハイレシスと茶を啜っていた。


「で、あの赤毛はどこに入れるんだ?」


 ハイレシスは、アエスタの質問に、笑顔で答えた。


「あなたのところ以外の、どこに入れましょうかね」

「なんで?私のところがぴったりじゃないか」


 アエスタの追撃に、ハイレシスははっきりと告げた。


「あなたのところ、もう居るでしょう?」

「もう居るって?……ああ、あれか」

「自分の部下をアレ呼ばわりしない方がいいですよ」


 ハイレシスは、呆れるでもなく、ただの感想とばかりにアエスタに告げた。アエスタもまた、悪びれるでもなくこう答えた。


「ごめんごめん、なんかパッと名前が出てこなくて」


 ふふっ、とハイレシスは笑った。こちらに来てから、そんなに経っていないのだ。アエスタが馴染めないのも無理はない。


「全く、他の連中は覚えるのが早過ぎるって」

「まあ、焦ることでもないでしょう」


 ハイレシスは、窓から外を眺めた。


「時間なら、たっぷりあるんですから」


 窓の外には、赤い月が浮かんでいた。

ベタな話が続きます(笑)

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