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ドッペルゲンガー③

「おやっさん! 戻ったよ……んじゃ、これで仕事完了だな」


 店の晩飯時は過ぎていて、店には親父と、飼い猫のマイケルがいるだけだった。

 

 マイケルは、元々俺が拾ってきた四匹セットの子猫の一匹で、頭も良くて、人懐っこい店のアイドルのような白地に茶色の斑の入った雌猫だった。

 

 ちなみに、この猫は24歳……人間で言うと112歳相当と、とてつもなく長生きをして、天寿を全うすることになるのだけど、この頃はまたまだ年齢一桁代で元気一杯だった。

 

 ヤクザのような見かけながら、親父はマイケルを溺愛してて、今も嬉しそうに膝の上に抱きかかえているところだった。

 

「おう! 戻ったか……ずいぶん遅くなったな!」

 

「帰りにたまたま灰峰さんと会ってね。ちょっとお茶してて帰り送ることになったから、すぐに出るわ」


「あの良く出来たお嬢さんか……おっかぁがすっかり気に入って、あの子うちの嫁に来ないかなぁと言ってたぞ。まぁ、そう言う事なら、是非送っていってやってくれ」


「ハハッ、あの人とは、そういうんじゃないからさ」

 

「ところで……その灰峰さん、前にここは良くないとか言ってたが、どうなんだ? 実際……ここが事故物件だって事言ってなかったのに、特に上が良くないとか、きっちり言い当てていったんだろ?」


 そう……うちの親父は、近隣でも有名だった事故物件を格安で購入し、店舗兼自宅兼従業員寮として、末永く活用する事にした……そう言う事なのだ。


 そして、この店はまさにそのご近所でも噂の事故物件。

 

 ちなみにこの物件、改装前に一通り見に来たのだけど、二階の一番奥の部屋が前オーナーの自殺現場で、初めて来た時は、薄っすら焦げた床にススだらけの黒い天井と……そこで何があったかを雄弁に物語っていた。


 ……そんな状態だった。

 

 何より、建物全体に漂う心霊スポットなどと共通する独特の雰囲気。

 目をつぶると、そこら中に何かの気配を感じる……ソレくらいにはヤバかった。

 

 さすがの俺も、なんつーもんを買いやがったんだと親父に抗議したくらいだったんだがね。

 

 灰峰姉さんも、以前何度かこの蔦に覆われた廃屋は見ていて、相当やばい所だと認識していたため、本気で心配して様子を見に来て、これ駄目だと絶句してたのだけど。

 

 そこら辺は、神も仏も恐れない我がおふくろ様。

 

 問題の部屋は、壁紙から床板、天井と全とっかえした事で、かつての焼身自殺の痕跡は跡形もなく無くなっていた。

 

 部屋としては、4.5畳と微妙に狭い割には日当たり良好過ぎるので、洗濯物干し場兼猫の遊び部屋と称して、昼間はマイケルと相方のトラ猫茶々子を放り込み、ドアも24時間開けっ放しで、壁には家内安全の御札を貼り付けると言う、斜め上の対応を実施した。

 

 それが功を制したのかは、なんとも言えないんだけど。

 

 ものの一月もしないうちに俺にも解るくらいには雰囲気が変わり、つい先日、灰峰姉さんに外から様子を見てもらったところ、冗談みたいに雰囲気変わってて、もう何もいなくなってるとの、浄化宣言を頂いたのだ。

 

「それなんだけど、こないだ前をとおりかかったらしくて、ウソみたいに普通になってたとか言ってたよ……逆に何があったんだって聞かれたくらいだよ」


「そうか、そうか。よく分からんが、そういう事なら、もう心配せんでもいいのかな……。わしゃそう言うの全然わからんのだが、そういう事なら、もう気にせんでええんかな。学生でそう言うのが解るって言ってたやつも、最近は平気になったとか言ってたからなぁ」


 丁度良いタイミングで、「そうだよ」と言わんばかりにマイケルがニャオンと一声鳴いた。

 

 店の学生から聞いた話だと、このマイケルは、その問題の部屋で何も無い空間に向かって威嚇してたり、床に向かって、狂ったように猫パンチかましてたり、割と奇行が目立ってたらしいのだけど。

 

 その奇行が目立たなくなるに連れ、二階の異様な気配なども薄れていき、最近はすっかりなくなってしまった……そんな話を聞いていた。

 

 腹の白い猫は、退魔の力を持つ縁起の良い猫だと、そんな話も聞く……このマイケルもお腹真っ白の綺麗な猫だった。

 

 この家に住み着いていた怪異を浄化したのは、このマイケルの仕業なのではないかと、俺は思っていた。

 それ以前に、こんな24時間体勢で騒々しい環境になってしまったのでは、怪異も居心地悪すぎたのかもしれない。

 

 活気のあるところには、怪異なんてのは寄り付かない……そんなもんなのだ。

 

 ちなみにこの物件の当時の適正評価額は三億円……それを改装費込みで一億円のディスカウント物件として、購入したらしい。

 

 その程度には、問題のある物件だったのだけど、マイケルの働きで浄化……となるとコヤツは二億相当の仕事をした事になる。

 

 元々、俺が拾って来て、半ば押し付けてしまったようなものなのだけと、十分に元は取れてると思う。

 

「マイケルも、もう気にすんなって言ってるよ。案外、コイツの仕業かもしれんよ。まったく、他所にやらんで良かったかもな」


 俺がそう告げると、親父さんも心底嬉しそうに破顔する。


「そうかー! お前がお化けをおっ払ってくれたのかー! こりゃご褒美をやらんといかんなあ! よし、特別に猫缶をやろう!」


 そう言って、マイケルをギューっと抱き締めて、台所に行くと猫缶をいそいそと用意し始める親父さん。

 

 店の従業員の前では、さすがにこんなデレデレな姿を見せないようにしてるのだけど、俺と二人きりとかだと、割とこんな風になる。

 

 なんとも微笑ましい話だった。


 マイケルもスキップでも踏んでるかのような足取りで親父を追いかけて、チラっと振り向くと俺の目を見て立ち止まる。

 

「あんがとさん、おかげで美味いご飯もらえるよ」……とでも言いたげなようだった。


「じゃあ俺はそろそろ行くよ! マイケルもまたな」

 

 それだけ言って、マイケルの頭を軽く撫でると店をあとにする。

 

 まぁ、このマイケルについては、色々と不思議な逸話があるのだけど。

 それはまた別の話。

 

 本当に、頭の良い美人で気品あふれるいい猫だった。

 

 今頃は、虹の橋の向こう側で早逝した妹の茶々子と再会して、楽しくやってると思いたい。


 スーツ姿のままで、駐車場へ向かい愛車S13シルビアのエンジンをかける。


 そのまま、町田駅に向かい小田急の入り口で、来たよコールをすると、姉さんと須磨さんがすぐにやって来た。


「お待たせ……っと、須磨さんが助手席なんだ」


「なによ……文句ある? 後ろだとずっと前かがみでないといけないから、辛いんだよ」


「まぁ、恒例のじゃんけんで決めたんだ。敗者は人権蹂躙シートに甘んじる。君のシルビアに乗る時の私らのルールのようなものだ。君は気にしなくていいよ」


「なるほど……んじゃ、いつもどおり、北里経由で行くよ。シートベルトを締めてくださいねー」


「了解、了解……しっかし、相変わらず騒々しいねぇ……」


「そんなうるさい? 確かにトンネルとか入るとうるせぇなぁって思うけど」


「このシルビア……君が思ってる以上にやかましいよ。いつも来る君が来る時、5分くらい前から、爆音が響いてくるから、解るんだよ」


 ……別に、爆音マフラーとか使ってたわけじゃないんだけど。

 

 この車、昭和63年式の中古車だったりする。

 いい加減10年落ちが近いような代物……マフラーが錆びて、ぽっかり大穴が開いてるので、その主要な機能であるはずの、消音機能が用をなさなくなっていて、激しくうるさい。

 

「そんなにか……。確かにフルスロットルだと相当うるさいのは確かだけど……」


「まぁ、いいさ……それと須磨さん。家の近くまで来たら、後ろに座ってくれないかな? 家に戻る前にちょっと辺りを見て回りたいんだ」


「はぅわぁ……。やっぱそうなるのかー。人権蹂躙シート……地味に辛いんだけどなぁ……」


 このS13のリアシートって、誰かを乗せるって事を想定してないとしか思えないような代物。

 2ドアクーペだから、そんなものではあるのだけど。

 

 背が高いやつが座ると、後頭部が窓にぶつかる程度には狭いらしい。

 定員は一応5人となってるけど、5人乗ったら、ホントにすし詰めみたいになる。


 この車の後ろに乗るって話になると、最高待遇の助手席に座る権利を求めて、ジャンケンが始まるってのがいつものことだった。

 

 残念ながら、俺は自分で後部座席で長時間座るような機会は無かったので、その大変さは知らないのだけど。

 その評判はすこぶる悪かった。


 やがて、姉さんの家の近くまでやってくる。

 ドロドロバルバルと、騒々しい車で夜の住宅街を走る。

 

 灰峰姉さんは難しい顔をして、窓を開けて外を見ている。

 

 この辺は、灰峰姉さんを送りに来たり、近所の公園で朝までダベってたりで、知らない土地じゃないのだけど。

 郊外の住宅地の例にもれず、夜の9時当たりを過ぎると急激に人通りも少なくなる。

 

 もっとも、米軍座間キャンプからほど近い場所でもあるので、治安は良好らしいんだがね。

 チンピラヤクザや暴走族も米軍相手じゃ、相手が悪い……そんなもんだ。

 

「……見延くん、止まって!」


 姉さんが突然、そう言い出しので、車を停めた。

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