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ドッペルゲンガー①

 自分と同じ「何か」

 ドッペルゲンガーとも呼ばれる怪異を知っているだろうか?

 

 俺の姉貴分だった灰峰姉さんは、それと会った事があるのだと言っていた。

 

 それは、彼女が女子高生をやってた頃の話。

 

 夜、家へ帰る道すがら、突然濃霧に巻かれ、見たこと無い町並みにいて、途方に暮れていると、目の前を二人乗りの自転車が通り過ぎていって、荷台に乗ってた女の子が振り返ると、自分そっくりだった。


 それを追いかけたら、普通に家の近所に居た。

 

 まぁ、要約するとそれだけの話。

 

 ……その女の子は、当時の姉さんをちょっと大人にしたような感じで、しっかり目があった上で、無言で手を振って、走り去っていったんだとか。

 

「……確か、概ねこんな話だったよね。未来の自分を見たかもしれないって、なんとも不思議な話だよねぇ……」

 

 コージーコーナーのテーブルで、灰峰姉さん達とお茶をしながら、いきなりドッペルゲンガーの話を覚えてるかい? なんて聞かれたから、聞いたそのままの話をした。


 ちなみに、今日は、新聞屋の本社まで、顧客の振替口座データの送付の為に、銀座まで行っていた。 

 今どきは、そんな顧客データなんぞ、オンラインで送れば一発なんだけど、この時代……そもそも、そんな発想自体なかった。

 

 8インチフロッピーディスクという団扇のような巨大なディスクメディアを、本社の担当に直接手渡すとか、そんな事をやっていた。


 期日に余裕があれば、宅急便を使ったり、バイク便を使うところなのだけど、締切日、ギリギリになってしまった上に、今日はバイク便の空きがなくて、信頼できる身内に直接届けに行かせると言うことで、俺にその仕事が回ってきたのだった。

 

 都内ともなると、車よりも電車のほうが早い上に、本社来訪と言う事で、滅多に着ないスーツ着て、午前のうちから出ていたのだけど。

 

 担当に妙に気に入られて、色々話し込んでいたら、すっかり帰りが遅くなってしまった。

 

 その帰り道、駅の伝言板を見たら、灰峰姉さんが駅前のスイーツ専門喫茶店、コージーコーナーにいる……なんて書き置きがあったので、顔を出してみたところだった。

 

 この店、女性客ばかりで、俺みたいな野郎は、思いっきり浮いてるのだけど、そこはそれ。

 俺も本来休みを潰しての一日仕事と言うことで、相応の手当をもらっていて、懐に余裕があるので、レアチーズケーキとコーヒーと言う組み合わせのケーキセットを堪能させてもらっている。

 

 数あるケーキ屋でも、このコージーコーナーの物はそれなりにいい値段がするのだけど、大きくて、食べごたえがあって、味も見た目も最高峰と言ってよかった。

 

 野郎一人で、コージーコーナーとかなかなかハードルの高いのだけど、向かいには灰峰姉さんと須磨さんが座ってる。

 

 女性二人に囲まれた両手に花とも言えるこのシチェーションは、なかなかどうして、ちょっと気分いい。


 それに、何よりこのケーキセットは二人の奢りなのだと言う。

 自分で支払う気満々だったのだけど、唐突にそれ奢りにするよと……。


 まぁ、こんな露骨なご褒美を先にくれるということは、これは何らかのお願いが来ると見てよかった。

 夜のドライブ連れてけーとか、帰りの足になれとか、そんなところだろうな。


 もしくは、ゲーセンでも行ってナンパ避け要員として、隣に控えてろとか……。


 最近、仲間たちの集まりもすっかり悪くなって、家が近い須磨さんとか、毎週のように釣りに誘ってくる灰峰姉さんとばかり会ってる気がする。

 

 いわゆるアッシー君状態……と言われれば、そんな気もするんだけど。

 嫌々やってる訳でもないし、ガソリン代出してくれたり、飯奢ってくれたり、それなりに見返りはあるので、そこら辺は気にしたこともない。


 灰峰姉さんは俺にとっては、姉貴分のようなものだし、別に理不尽でも横暴でもないから、何かお願いをされても、毎度気持ちよく頼まれるのが常だった。

 

 何よりは俺はカカァ天下の女系家系の家の育ち。

 レデイファーストの精神を叩き込まれており、女性優先、女の言う事は黙って聞く……そう言う主義だった。

 

 もっともこれは俺に始まったことでもなく、我が見延家は基本的に女系家系で、家系図を見ると婿養子だらけ、直系男子が生まれる事自体がレアで早死する例も多く、祖父も太平洋戦争での戦傷が元で30代のうちにこの世を去っていた。


 親父の兄に当たる人も戦時中の栄養不足で子供のうちに亡くなっていた。

 男ばかりの三兄弟なんてのは、我が家の歴史でも結構レアな出来事なんだとか。

 

 反面、女性は例外なく長生きで頑健で病気知らず。

 外から嫁入りして来た祖母も曾祖母も、晩年は一家の長老として一族を仕切りながら、軽く100歳近くまで生きていたと言う……。

 

 おふくろ様も順調にカカァ天下状態で、ゆくゆくは長老として我が家を仕切りだすことだろうと、兄貴や弟とも言い合っていたものだ。

 

 まぁ、そんな訳で、俺はとにかく、女性相手には割と無条件で尽くす傾向があった。

 

 与志水とかは、俺と灰峰姉さんの関係を、ご主人様と下僕みたいだのと小馬鹿にするけど、俺自身はこう言う関係は悪くないって思ってた。

 

 もっとも、男と女の関係には程遠くて、いいとこ、膝枕とか手を握られた事くらいはある……そんな感じだったのだがね。

 

 全くもって報われない……そんな気もするけど、見返りなんて始めから、求めてないから、これでいいんだよ。

 

「その話、私も知ってる! なんか、ちょっと大人な灰姉さんと会ったんだよね! でも、ドッペルゲンガーって会ったら死ぬって話なのに、なんとも無かったの?」


 須磨さんがいつもどおり、テンション高めな感じで話に乗ってくる。

 この人も怖がりなくせに、この手のオカルト話は大好きだった。

 

 旭興荘も、何度か泊まり来てたんだけど、結局最後まで一度も何も見なかった……まぁ、それが普通なんだがね。


「そうだね……ドッペルゲンガーと言えば、確かにそう言われてるね。ただ、あの時の状況を思い起こすと、あれは自分の分身とかそう言うんじゃなかったんだ。なんせ、全然見た目が違ったからねぇ……その時点でドッペルゲンガーとは別物だろう」


 ……灰峰姉さんは、あまり見せたがらなかったのだけど。

 

 姉さんの高校時代の友人が見せてくれた卒業アルバムでは、女子高生時代の姉さんは、三つ編みお下げで、野暮ったい膝下スカートなんて、ものすごーく地味な姿をしていた。

 

 もっとも、今は女子力とかかなぐり捨てた男みたいな格好を好むようになっていて、人間、変われば変わるものなのだ……。

 

 最近は、須磨さんも灰峰姉さんの影響でデニムとか履くようになってた。

 

 もっとも、須磨さんがデニムなんて履くと、お尻のラインがムッチムチに強調されて、むしろ、かえってエロくなる……本人にはとても言えそうもないのだけど。

 

「けどそうなると……なんで、その時その自転車二人乗りしてたのが、自分だって思ったの? 昔の灰峰姉さんから見たら、その時の自分のカッコから、思いっきりかけ離れてたんでしょ?」


「確かにそうなんだけどさ。見て、すぐ解ったんだ……。ひと目その目を見た瞬間、これって自分だって解ったんだ。それにコレも見えたからね……」


 そう言って、姉さんはいつも被ってるワークキャップを脱ぐと、耳の後ろの髪の毛をかき上げて、俺達に見せてくれる。


 そこには、縦にほくろが二つ並んでいた。

 

 ……こんなん、付き合い長い俺らでも知らない。

 なるほど、これを見て一発で自分だって解った……そう言う事か。


「なるほど、多少髪型とかファッションセンスが違っても、ほくろと目で、一発で自分だって、解ったってことか」


「そう言う事になるね。さて、ここからが本題なんだけど。君のその千草色のスーツ……それはどう言う理由でそれを選んだんだい? 最近は男性のスーツと言えば、紺色か黒、もしくは灰色のモノトーンが主流なのに、そんな色のスーツなんて、珍しいよね……と言うか、君のスーツ姿なんて始めて見たよ……。一体、今日は何ごとだったんだい?」


 言われて、自分の着ているスーツを改めて見やる。

 緑と灰色を混ぜたような色……千草色ってのは、初めて聞いたけど、一応この人はデザイナーのタマゴでもある。


 色の名前とか、プロしか知らないようなものも知ってるんだろう。

 実際、今もだけど、当時でもこんな色のスーツは珍しかった。

 

 今も昔も、男子たるもの成人式を期にスーツの一着くらい用意すると言うのが、一般的ではあったのだけど。 

 俺がスーツを作った頃は、ちょうどバブル真っ盛りの頃だった。

 

 当時の風潮として、若者の初めてのスーツは、とにかく個性的あることを求められて、真紅のスーツとか、紫……黄色や青と言った原色系のド派手なスーツが流行っていたのだ。

 

 むしろ、紺色は学生服、黒は喪服かよって、馬鹿にされるような有様で……。


 与志水辺りは目が覚めるような真っ青なスーツ、徳重なんかも赤いホストみたいなスーツを成人式の帰りに見せてくれたものだ。

 これは、別に成人式に限らず、バブル期の若手正社員とかは当時、日本中を覆っていたバブルと言う名の熱狂に煽られるように、派手なスーツを着て、豪遊したり……そんな調子だったのだ。

 

 俺の買ったこの千草色のスーツは当時の風潮ではむしろ、地味な部類に入るものだったのだけど。


 バブルが弾けて、未曾有の不景気が到来し、皆が一斉に地味なスーツになる中でも、ギリギリバイトの面接やら、仕事でも使えていた。


 一応、灰色に近いと言えば近いからな。

 

「まぁ……一応、本社帰りだからねぇ……顧客データの配送ミッションの帰り。と言うか、スーツこれしか持ってないんだよ……」


「なるほど、そう言うことか。けど、実を言うと、君のその千草色のスーツ姿を見て、長年の疑問が解けたんだ……」


「ほほぅ、そりゃまた一体全体どう言うことで?」


「うん、実はそこで、さっきの私のドッペルゲンガーの話に戻るんだよ」


 ……なんだかキナ臭い話になってきたぞ。 

 けど、ここで逃げるという選択はない。

 

 無茶振りでもなんでも、振られたら、やるしかないのだ。

 

 これが俺が、彼女の下僕と言われる所以だった。

去年、途中まで書いててモチベ切れで、未完だったエピソードを新作のついでに書ききったので、

こっちに続きという形で載せときます。


新作の方は、あくまで夏ホラー作品で、こっちが本編?

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