第四話「東海道の闇」④
……あれから、およそ20年以上の歳月が流れた。
その日、私は家族とともに芦ノ湖の花火大会に訪れていた。
東京からもほど近いこともあって、なかなかの人出で、車も箱根の関所跡の所に置いて、家族とともに一号線を歩いて、会場でもある箱根湾まで歩き、花火を見た。
私の家族は昔から花火が好きで、夏場の休日になると昼過ぎからでかけて、あちこちに遠征しては、年に4回も花火大会に行った年もあったくらいだった。
ちなみに、去年は全国的にほとんどの花火大会が中止になる中、関東圏でほとんど唯一花火大会を開催していた那須高原のりんどう湖に日帰りで行ったくらいなのだから、筋金入りだ。
さすがに、日帰りで行くのはなかなかしんどい距離だったけど、うちの家族もすっかり、私の距離感覚に毒されてるので、何ら問題なかった。
まぁ、この箱根自体は休日の家族サービスで軽く出掛ける、定番日帰り旅スポットではあった。
あじさいの頃には、登山鉄道に乗ってみたり……。
冬場に、温泉寄ってみたり。
子供が小さい頃は、箱根園の水族館に行ったりもよくやった……。
まぁ、箱根ってのは、実に色々あって飽きさせないお手軽な観光地ではあるのだ。
芦ノ湖の特別解禁も、灰峰姉さんと参戦したりもしたものだ。
ちなみに、日帰りドライブの定番コースとしては、そのまま箱根の峠を超えて、沼津まで行って海鮮丼食べたり、温泉寄って東名通って帰るコース。
沼津からなら、東名経由で2時間もあれば自宅に帰れるので、夕方頃から閉館まで温泉で寛いでってのもよくやってる。
この日も定番通り、いつもの温泉寄って帰るかとか話してて、気楽なもんだったんだが。
花火大会が終わって、一号線を歩いていると、不意に上の娘が呟いた。
「道路の向こう側の林の中……道があるんだ。なんか、人が歩いてたよ」
その声で道の反対側を見ると、ちょうどヤブの切れ目から、あの時歩いた旧東海道が見えていた。
国道一号線はちょうど花火が終わった所で上下線ともに大渋滞中。
人々も一斉に戻る所で、歩道も混み合ってて、なかなかスローペースではあった。
旧東海道は一号線と平行に走ってるから、人混みを嫌ってショートカットする輩が居ても不思議じゃないのだけど。
見た感じ懐中電灯を持って旧東海道を歩いてるような奴は見当たらなかった。
「人が居たって? あそこ……旧道で真っ暗な山道みたいな所だから、明かりが無いととても歩けないぞ……」
思わず娘に問い返す。
「そうなの? じゃあ、多分見間違い……かな。でも、なんでそんな旧道なんてのがあるの? この国道一号線って昔東海道って呼ばれてた道……なんだよね?」
「この一号線は後から作られた道だからな。本来の東海道は車なんて通れない……そこの杉並木の中にあるし、本来はめちゃくちゃ山道なんだよ……。だが、間違っても夜に歩いていいところじゃねぇし……あまり、見ないほうがいいぞ?」
それだけ言うと、足を早める。
娘もなにか悟ったようで、すぐに追いついてくると先頭切って歩き始める。
妻の方をちらっと見ると、私達の話を聞いていたみたいで、反対側の杉並木に視線を送ってるのが見えた。
ちなみに、妻はいわゆる見える人。
職業看護師という事もあって、この手の話は割と普通に通じる。
聞いただけでも、無人のベットからのナースコールだの、何日も前に亡くなったはずの患者が普通に歩いてて、角を曲がったら消えてたとか……そんな話を聞いた。
どうも、医療関係者にとっては、その手の話は日常のようなもので、取り立てて騒ぐほどでもない……そんな認識らしかった。
ここ箱根でも、深夜ドライブ中になにもない所で突然「ブレーキっ!」と叫んだり、「後ろから「お母さん?」って呼ばれた……」とか言い出したり……。
なお、前者は道端を歩いてる人が居たのに、ノンブレーキで道ギリギリを走ってたから、思わず叫んだらしいんだけど。
……私はそんな人なんて、見ちゃいない。
場所はススキ野原で有名な仙石原……それも深夜2時とか。
……人が歩いてるような時間帯じゃない。
奇しくも同じ仙石原で、全く同じ事が灰峰姉さんと一緒に深夜ドライブ中にあったのだから、余計笑えなかった。
その時は姉さんがいきなりぼそっと「危ないねぇ……人いたのに」とか言われて「人なんていなかったよっ! 何いってんだよ!」って言い返して、ちょっとした口論になった……。
これもやっぱり、謎のまま。
まぁ、あそこには、何かがいるんだろう……良く解らないけれど。
後者は……箱根園の近くでの出来事。
後ろの席では、娘が寝てて、寝言言ったんじゃって事になったけど。
当時は、娘もまだ小さくて言葉なんてしゃべれない頃……。
同じ場所でカーオディオでボーカルが重奏ハモりしてる所でもう一つ変な声が重なって、三重ハモリで聞こえたとか言い出した……そんな事もあった。
……意味がわからない。
数多ある怪異の中でもこう言う意味が解らない系ってのは地味に怖い。
訳の解らない、意図すらも不明ってのは、純粋に恐怖心を刺激するものなのだ。
聞いた話だと、拙い感じで子供がワンテンポ遅れて一緒に歌ってるような感じだったらしい。
ちなみに曲名は「砂銀」……「朱 -Aka-」って古いゲームの主題歌なんだが。
聞けば解るように二重ハモリはあっても、三重なんて無い。
それ聞いてから、この曲聞くのがすっかり怖くなった。
はっきり言って名曲なんだがね。
……まぁ、この嫁さんと居ると、そう言う事が日常茶飯事で、私も感覚麻痺って、動じなくなった。
人間ってのは、慣れるものなのだし、歳を取るとあまり驚かなくなるってのは、本当の話。
もっとも、下の子はとってもビビリなので、その手の話をすると怖がって夜寝れなくなるので、何かあってもそう言う話はしないというのが暗黙の了解になっており、近年はその手の話をしなくなった。
上の娘は……あまりそう言う話をしてるのは聞かないが。
基本的に、怖いもの知らずと言った調子で、その手合を目にしていても気付かない……どうも、そう言うタチらしい。
「……何か、あった?」
隣に並んだついでに、嫁さんに小声で訪ねてみる。
「なんとも言えないね……。けど、確かに人が歩いてる様子はないけど、なんか居るよ。さっさと車に戻って帰ろう。その感じだとここで昔、何かあったみたいだけど、何があったの?」
なお、嫁さんは勘が鋭い。
私の様子から、過去にここで何かあったと察したようだった。
それに、人混みを避けて敢えて旧道を歩くやつ位いそうなもんだけど、多分なんとなく、近づきたくないと皆、思って避けているんだろう。
実際、旧道の方からなんとも言えない圧迫感が漂って来ているのが、何となく解る。
「……灰峰の姉さん、知ってるだろ? 彼女と深夜、あそこで肝試しって言って旧道を歩いた事があってね……それで色々と。ああ言うのって、十年以上経っても変わらないんだな……」
はっきりと姿が見えるほどに強力な存在。
霊道の流れに逆らってまで、私達に追いすがろうとしていた……。
それが何を訴えたかったのか、何故自分達を追ってきていたのか。
未だに明白な答えはなかったし、多分永遠に闇の中だろう。
「……確かに、あそこはヤバいよ。さっき入り口があったけど、こんなに人が居て賑やかなのにあの道の所だけ、異様に暗いって思ってた……。でも、この話はおしまい……それでいいよね?」
「仰せのままに……。とりあえず、今日は飯も海老名SAにして、まっすぐ帰るか」
……嫁さんも私もなんとなく、旧道は嫌な感じがするってのは共通認識のようだった。
昔と違って、私も何となくヤバいと言う勘には従うようにしていた。
君子危うきに近寄らず……。
興味本位でヤバい所に足を踏み入れても、ろくな事にならない。
私はもうひとりじゃないのだから。
……まぁ、これはちょっとした後日談と言ったところだ。
この話はこれで終わり。
モヤッとした終わり方だけど、実話なのだから、そんなものだ。
もしも、興味があるのならば、深夜の箱根……旧東海道を歩いてみるといい。
……そこは人外の領域。
過去の亡霊……暗闇の恐怖と相まみえることが出来るかも知れない。
暗闇が少なくなった今の時代でも。
そんな風に日常の中に、暗闇が口を開けているところなんて……いくらでもあるのだから。




