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続・暗闇の記憶 「海の手」他  作者: MITT


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第三話「マヨヒガ」⑤

「……ああ、問題ない。すまん……ちょっと危うかった。俺、何かに取り憑かれてたのか? あの廃墟……冷静に思い起こすと、結構、俺の見覚えあるものがあったような……」


「うん、逆を言うと、それがあの廃墟が夢幻の類だった証拠でもあるんだ。ちなみに、君が言ってた子鹿のキャラクターの自転車だっけ? 私が見たのは、朽ち果てた子ども用自転車だったよ。確かに見覚えはあったけど、君の言っていたものとは別物だったよ。今度、山久にでも聞いてみな。彼は彼で多分、違うものを見てるはずだよ。幻覚のたぐいってのは、自分が見たこともないものは決して写しださない……そう言うものなのさ」


「……敢えて、今まで黙ってた。そう言う事? そっか、要するに認識が違ってたのか……そうなると、やっぱ化かされたのかねぇ……」


「そこは解らないな。まぁ、事実としては、あの廃墟があった場所には始めから何もなかった。つまり、ここに廃墟があった……昨夜の状況の方がおかしかったって事だよ……。案外、異世界に迷い込んでたとかそんな話だったのかも……。まぁ、毎回必ずってのが意味が解らないところだけどね……」


「そうなると、その迷い家に手を出す……例えば、廃墟の中の物を壊したり、物を盗み出してたら、どうなってたんだろう?」


「まぁ、悪意ある怪異じゃないみたいだし、案外なにかいい拾い物くらいしてたかもしれないね。「マヨイガ」の伝承ではいくらでもお米が湧く茶碗とか、いくらでも水が出る水差しとか拾ったとか、そんな話があるね。うしおととらではいくら食べてもなくならないおにぎり……だったかな?」


「……それ以前に、俺が廃墟に不法侵入して、勝手にモノ盗むようなやつだと思えるかい? 落ちてるものは俺のものとか、野蛮人の発想だろ……。あの廃墟に入ろうって発想自体が無かったよ。誰も住んでない廃墟だからって、人んちに勝手に入るのは駄目だ……。半ば朽ち果ててたって、その家に住んでた人にとっては、色々思い入れだってあるだろうに……。それを汚したり、壊したり、ましては中の物を盗んで自分のものにするとかないだろ」


「あはは、思った通りの反応だね。なにせ、君は意外とモラルってものがちゃんとしてるからね。自分の部屋で、女子と二人きりで相手が無防備に寝てても、一切手出ししないとかさ……」


「……たまに試されてるって、思うことあるけどさー。俺は自分ルールには忠実なんだよ」


「まぁ、そうだね……君はそう言うやつだ。確かにあの廃墟……いつも玄関の扉開いてたし、誘ってたようではあったからね……。まぁ、敢えて何も手を出さないってのも正解パターンだから、君は合格って事ですんなり、解放されてたのかもね」


「……こそ泥まがいのゲス思考だったら、帰れなかったかも知れないってことか。けど、なんでここなんだ? 俺、こんな所に縁もゆかりもないんだが……」


「そうだねぇ……。ここらって昔は里山だったみたいでね。古くから平川神社ってのが一帯の氏神様として祀られてるみたいなんだ。で……そこの神様はいわゆる神猿様なんだけど、それって山王様の神使でもあって、要するに山王様の領域ってことなんだ。君って、山王様と縁が深いみたいだからね。多分、その辺の繋がりでこの土地と波長が合っちゃったんじゃないかな……。私も前々から君がここ来ると決まって迷子になるのが不思議に思っててね。暇だったから図書館行って、郷土史とか色々調べてみたんだよ。そして、今日あたり答え合わせをしようと思ってたんだ」


「……わざわざ、調べてくれたのか……すまんね」


「なぁに、軽く知的好奇心を満たしたくなっただけだ。気にしないでくれたまえ」


「まぁ、姉さんってそう言う人だもんな。でも、確かに考えてみれば、わざわざこんな所通らずに、他にいくらでも道があるのに……何故か、俺もここを通らねばならない……みたいな変な義務感で来てたような……? 冷静に考えたら、なんだこれ?」


「まぁ、いわゆる障りとか知らせってのは、そんなものだからね……。なんとなく、それをやらないと気が済まなくなる。なんとなく、そこに近づきたくなくなる。意外と侮れないんだ……これが。実際、電車に飛び込んじゃうような人達だって、たままま助かって、理由を聞くと何となく飛び込みたくなったとか、そんな事を言ってたりするみたいだからね」


 ……なんとなくか。

 でも、そのなんとなくのほんの小さなワンアクションが、生死の境目になる事だってあるからな。


 電車のホームだって、皆当たり前のように電車来てるのに、白線の内側歩いてたりするけど。


 特急通過中にほんの30cm程度踏み出すだけで、軽く死ねる。


 アナウンスで「白線の内側に下がってー!」とかやってるけど、あれって本気で危ないから……。

 

 今どきは、ホームドアが当たり前になってるから、昔ほど駅のホームも危なっかしくはないけど。


 90年代ともなると、ホームドアなんて、新幹線のホームやゆりかもめのホームくらいのもので、どこも通勤ラッシュ時間帯とかは、なかなかにデンジャラスだった。


 車だって、ハンドルをほんの少し余計に切り損なっただけで、谷底へダイブ……そんな所はままある。


 そして、あらゆる選択肢は、選んだ瞬間に偶然ではなく必然になる……。

 

 選んだのではなく選ばされていた。

 自分では気付かないうちに、死地に誘導されてるって事だって、あるのかもしれないし、知らず識らずのうちに、何かの意思で救い出されている事もあるのかもしれない。


「……なんとなく、解るような気はするよ……。そうなると、これは逆にそこに行きたくなるってパターンかな。そういや、都内で意味もなく道を曲がりたくなって、曲がったら、いきなり神社についたってこともあったな。なんと言うか、結構そう言うのって、多いんだよな」


 都内ってのは、ビルだらけの無機質なところかと思えば、雑居ビルの隙間に唐突に神社があったり、コインパーキングの片隅に古い屋敷神が残されてたりもするんだよな。

 

 実際、町田の小田急だかの屋上には、小さな社が置かれてるし……。

 

 そう言うところでも、律儀に綺麗に手入れされてたり、参拝する人もいて……。

 日本人のそう言うところは美点だと思う。


 ちなみに、そんな風に初見のところで、何故か神社やら社に誘導されるようにたどり着くってのは、俺にとっては、割とよくある事だったりもする。


 まぁ、そう言う時は手を合わせて拝むくらいはやってるんだがね。


「……君は意外と神様に好かれるタチなのかもね。でも、私が言ってるのはあくまで推測だからねぇ……。そもそも、あの廃墟がなんだったのかはさっぱり解らない……マヨイガだって、似たような話だってだけだからね……こじつけって言われたら、そこまでだよ」


「うん? 俺はアレがマヨイガって言われて、心底納得してるんだが……。違うって言うのかい?」


「そこはなんとも言えないな。実際、そこに廃墟があったのは、私はもちろん、山久、須磨さんだって見てるはずなんだけど、いざ昼間来てみたら、この有様だ……。君が言うように、狐や狸の類に化かされた……案外そんな話なのかも知れないし、あの廃墟は案外、訳の解らない空間に迷い込んだ君への助け舟だったのかしれないね」


「……た、助け舟? 俺、異世界にでも迷い込んでたっての? もう、訳わかんねーよっ! なぁ、結局なんなんだったんだよ……マヨイガじゃなきゃ、何だったわけ?」


「うん、言っただろ? ……明確な定義は無いって。マヨイガについて強いて言えば、山神から人へプレゼントを与える機会、もしくは遭難して迷子になった人への助け舟……そんな感じみたいだからね。君のような山岳信仰の持ち主には、その恩恵に預かる機会が与えられても不思議じゃないさ。まぁ、あえて、何もせずにいたことで、己の心の正しさを示せたなら、何か別の形でいいことあるんじゃないかな?」


 まぁ、俺については……。

 少なくとも自分の死に場所は山が見えるところがいいとか。


 墓を建てるなら、先祖代々の山に葬って欲しいとか。

 そんな事を真剣に思ってたりもするんだがね。


 そう言うのが山岳信仰だと言われると、ぐうの音も出ない。

 

 実際、中央高速を通って諏訪方面に向かうと、甲斐駒ヶ岳が見えるところがあるんだが。


 アレを見るといつもため息が出る。

 

 登るとなると、ちょっと難易度高すぎる3000m級の峻険極まりない山らしいので、多分登る機会は一生なさそうだけど。


 山ってのは麓から眺めるだけで、十分だからな。

 富士山だって、年に何度も近くに行くくらいには好きな場所だ。


 ……うん、山は好きだな。

 町田もちょっと高いところに行くと、丹沢の山が近くに見えるし、富士山だって見える。

 

 ……山が見えないとむしろ落ち着かない。

 それは素直に認める所だった。


 もし、RPGとかみたいに人それぞれに属性があるとすれば多分、俺は土属性だと思う。


「己の正しさね……まぁ、いいさ。ひとまず納得は出来た……。いつもどおり、訳が解らないと言うオチよりは、少しはすっきりしたな……」


「そうだね。でも、こうやってネタバレした事だから、次からはすんなり通り抜けれるかもね。ああ、せっかくだから、その平川神社にお参りでもしていくといいさ。私も付き合おう……もうここには用はあるまい? ……行こうか」


 灰峰姉さんがそう言うとさっさと車に乗り込む。

 

 ……平川神社自体は、そこらにあった街路案内図にあったから、割とすんなり着いた。


 と言うか、昼間だからなのか、アレほど毎回迷走してたのに、ストレートに来れてしまった。

 

 ホント、なんなんだかね……。


 ちょっとした広場になってる公園の一角に車を止めて、階段を登って、鳥居をくぐると小さな社があった。

 

 鳥居をくぐると、涼し気な風が吹き、なんとも安らぎに満ちた空気に包まれるのが解った。


 この感覚は覚えがある。

 岡山の実家の日吉様に参るといつも感じる空気だ。


 懐かしさすらも感じる空気……思わずため息が出る。


「へぇ……神主が常駐してない割には、手入れも行き届いてるし、雰囲気も悪くないね。この感じだと、少なくとも君は歓迎されてるみたいだね……。なんと言うか、やっと来てくれた……そんな感じがしたよ?」


「そうなんだ……。歓迎されてる? なんか言葉でも聞こえたの?」


「いや、なんとなくだよ……。多分、今日君がここに来たのは、必然だったんだろうね」


「必然ねぇ……。けど、こんな所にも山王様系列の神社があったんだ」


「まぁ、日吉様や山王様は日本全国津々浦々、めちゃくちゃいっぱいあるからね。調べた感じだと、ここの祭神は猿田彦尊サルタヒコノミコトってなってたけど。近辺を荒らし回ってた化け猿を祀ったって話もあったりで、正直良く解らないみたいではあるね……。まぁ、かなり古い歴史ある神社ではあるみたいだよ」


 何となくだけど、うちの実家の日吉神社と同じなのかも知れない。


 明治の頃の廃仏毀釈……あれって、割とこじつけで大体合ってるくらいの感覚で祭神を決めたような感じだったりする。


 実際、うちの実家の裏山も山の神様なんだから、日吉神社でいいよな? とかそんな調子っぽいし……。


 ここも化け猿を祀ってる……猿の神様なら、猿田彦で決まりとか、そんな感じで決めたんじゃないかな。

 

 でも……なんとも言えないけど。

 

 この空気……すごく落ち着く。 

 ずっとここに居たい位には思えてくる。

 ここに住むとかそう言うのも悪くない……。


 ここの土地と波長が合ったから……その話も何となく頷ける。


 二礼二拍手一礼。

 

 まぁ、こんな所に住む機会は多分なさそうだけど。

 思わぬ所にえにしってのはあるものだ。


 神様には感謝を……。 


 ひょっとしたら……ここに至ること。

 それが一連の出来事の理由だったのかもしれない。


 ……そんな風にも思う。


 最後にもう一度、柏手を打つと、不意にしん――と、境内が水を打ったように静まり返った。


 けれど、それも一瞬の事。


 すぐに、シャワシャワとクマゼミの鳴き声が聞こえ始めた。

 

 ……とある初夏の出来事だった。

 

 そして、それっきり俺は「美しが丘」で迷子になることもなくなり、「マヨイガ」の廃墟にも二度とたどり着くこともなかった。

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