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接敵

 平坦に見えながら、わずかに登り坂になっている道をひた走る。

 「住人」たちの村や町から、直接テューアが見えないように、なだらかな丘があるのだ。

 丘を登りきると、テューア周辺よりもさらに広く、視界が開けた。時間にして30分くらいか。下りの勾配は登りよりも急で、俺は少し速度を落とす。

 たぶんテューアから80キロは離れている。

 二人の村らしきものも、遠目にだが確認した。当の二人は、まだ車には慣れないのか、固まったままだ。

「・・・まずいね」

 助手席から、囁き声がした。

「どうした?」

「僕は君より目がいいからね。村は見えるだろう?その左側、森との間に、全速で向かって」

「わかった」

 アクセルを踏み込む。

 後ろの二人が仰け反ったようだが、無視だ。前を見据える役者の目が、やけに険しい。裸眼でぎりぎり免許更新の俺には、見えないものが見えているのだ。

 約10分後。

 それは、俺にも見えた。

「全員、背中付けて衝撃に備えろ!」

 起きてたら絶対にできない。力いっぱいアクセルを踏み、ハンドルを握りしめる。

 村と森の中間地点、町で雇われたのだろう傭兵と、魔物が交戦中だった。魔物は、バッタのようだった。スクーター並みにでかい。

 そしてそれが、ざっと十匹。

 5人の傭兵が、抑えられる数ではない。

 傭兵たちが相手取っていない、後方の集団に向かって、俺は思い切りよく体当たりをかました。

 後部座席から悲鳴が上がるが、気にせず向きを変え、再度、バッタを撥ね飛ばしてから、停車する。まともにぶつかった奴の体液で、前が見えなくなったからだ。

「役者、二人を頼んだ」

 頷く男を残して、外に出る。

 俺が潰せたのは、確実なので3匹、痛手を与えられたのは、3匹というところか。

 驚きながらもバッタを相手にする手は休めない傭兵たちに感心しながら、俺は、弱った3匹の上にデスクトップをいくつも落とす。昔のパソコンは、でかくて重いんだ。

 トドメに3匹はテトラポットで押し潰し、傭兵から目標を俺に変えた1匹に向き直る。

 俺も変身ヒーローに憧れていた子供だったが、モデルだと知っていても、でかいというだけで怖い。

 しかも、魔物なんだよな。

 近づかれたら、一発アウトなのは俺だ。

 飛び掛かろうと翅を広げたところにブルーシートを広げたまま落とし、テトラポットを積みかさねる。

 きっと、潰せたんじゃなかろうか。

 傭兵たちの方を見ると、数で優勢になったおかげか、次々とバッタを倒していた。剣や、戦斧で。

 かっこいいよなあ。

 俺は社用車に近づき、ドアを開けて声をかけた。

「とりあえず、終わったと思う。車から出て、説明してやってくれないか」

 シートベルトを外し、後部座席から二人を引っ張り出しながら、役者が苦笑していた。

「わかってるよ」

 住人二人は、外の惨状に相当おびえていたが、もう動く魔物がいないのを見て、ほっとしているよう

だった。

 役者は、そんな二人を前に出しながら、警戒を解ききってない傭兵たちに語りかけた。

「僕と彼は希人マレビト、この二人は、そこの村の者です」

 希人マレビトの一言で、傭兵たちの緊張感がやや薄れる。見慣れた衣服の住人がいることも、多少は信用材料となっただろう。

「皆様を呼びに行かれた人と同じで、僕たちもこの二人に助力を頼まれて、ここまできたのですが。危険な状態と判断したので、勝手に介入してしまいました。すみません」

 この言葉に、傭兵たちのリーダーらしい、戦斧を持った男が一歩前に出て、言った。

「いや、こちらこそ、助太刀感謝する。正直、こんなに数がいるとは予想外だった。助かった」

「良かったです。では、状況確認をいたしましょう」

 役者からの目配せを受け、俺は社用車を含め、ポンポン出したものを消していく。そしてきちんと数えたところ、魔物の数は全部で12匹。傭兵たちと俺で、だいたい半分ずつを倒した計算だ。

 戦斧の男が一人、長剣の男が二人、棍とも杖とも見えるものを持った男が一人、素手の女性が一人。全員、体格がいい。素手の女性と手合せしたとしても、俺はあっさり張り倒される自信がある。

「これで全部、なのですか? うちの学者から聞いたことがあるのですが、昆虫型の魔物は増えやすいと」

 軽く周囲を見回しながら、役者が戦斧持ちに問う。学者が言っていたのは、イナゴだったか?

「森を調べていないから確証はないが、成虫はこいつらだけでもおかしくはない。森からここへ出るときに、卵を産んでいたとしたら、ひと月後にはこれの5倍くらいの数になっているかもしれないがな。明日にでも森に行って、卵や幼生を探して退治だな」

 傭兵リーダーが答える。

 なるほど。それは確認しないと危ないな。・・・だが、明日か。俺たちに同行は無理だな。

 だから、よかったら手伝ってほしい、と続けようとしたリーダーの言葉を、役者は遮った。

「申し訳ないが、それはできない、時間的に」

 途端に不機嫌そうになる傭兵たち。一応、倒した数は俺たちの方が多いんだがなぁ。

 なぜだ、と言いかけるリーダーに被せるように、役者はきっぱりと言った。

「僕たちは希人マレビトです。この世界にいられる時間が限られていて、ずっと存在していられない。そして、元の世界に帰れば、次はいつ来られるかもわからない。今回は、急を要することだと判断し、駆けつけましたが、最も危険なものの排除が終わったなら、僕たちの仕事は終わったと思います。本来なら、そこの二人から条件として提示されていた報酬についての相談もしたいところですが、僕たち希人マレビトは、住人たちと諍いたくはないのです。そこに死んでいる12匹の魔物のうち、僕たちが倒した2匹だけを、報酬としていただけませんか? 魔物は素材として使えると、魔術師から聞いています。あなた方の取り分の方が、はるかに多いですよね。すでに、僕たちの残り時間は少なくなってきています。それで構いませんね?」

 畳みかけるような、やや早口で、彼は淀みなく言い切る。

 2匹、と聞いた時点で、俺は撥ね飛ばした状態の良さそうなのを、ブルーシートを仕舞ったのと同じところに収納する。住人たちからは、2匹の魔物が忽然と消えたように見えたはずだ。

 役者は素早く俺のそばに戻り、案内人だった住人二人に目を向ける。

「では、僕たちはこれで。救援の依頼も果たしましたし、報酬もいただきました。あなた方の目的も、終わりましたよね。僕たち希人マレビトは、ひっそりと暮らしています。こういうことは、なるべくないことを願っています。それでは、失礼しますね」

 俺たちは傭兵を含む住人たちに軽く会釈し、住人たちとの間に出しなおした社用車に素早く乗り込んだ。

 傭兵たちの顔を見るに、納得はしてないのは明白だったが、話を長引かせるのは得策ではない。役者の判断には賛成だ。車を出したのも、まかり間違って攻撃されてもいいように。

 片付けて出しなおすと、車の汚れはきれいさっぱり落ちている。

 傭兵たちが近づくより前に、俺はアクセルを踏み込んだ。

 住人たちとはなるべく関わらない。

 俺たち希人マレビトの、方針の一つだ。

 ずっと一緒にはいられないし、こんな特殊な能力持ち、警戒されるだけだろう。

 一瞬で置いてきぼりにした住人たちを尻目に、俺は役者に礼を言う。

「助かった。ありがとうな」

 傭兵たちを警戒し、後部座席に乗った男は、綺麗なウインクをきめてきた。

「面倒そうだったからね。君なら、理解してくれると思ったよ」

「住人相手に、ことを荒立てたくはないからな。人助けで逆恨みなんて、ごめんこうむる」

「だよね。助手席に乗れなかったのは残念だけど、やっぱり、ドライブはいいね」

「今回は特別だからな。あまり大物は出したことがないから、時間切れが怖い」

「わかってるよ。テューアまでは大丈夫だと思うけど、時間切れになりそうだったら、降ろしてね。空中に放り出されて尻餅、なんて僕はいやだよ」

 冗談めかして言う彼の言葉に、俺は頷く。

 俺たちの町は、もうすぐそこに見えていた。






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