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希人

 昔は、花金、とか言ってたよなあ。

 と、じじくさい記憶を掘り起しながら、俺は酔いつぶれた課長に肩を貸していた。

 明日は土曜で、たまたま、課長も俺も休みだった。先輩が課長になってから、二人揃って休みが重なることはほとんどなく、アフターの付き合いも、必然的に減った。

 最近では、新入社員を飲みに誘うのも、ハラスメントだとかでやらなくなったが、先輩と俺は昔からこういう付き合いを続けてきたから、問題ない。先輩がここまで飲みすぎたのは、久方ぶりのことだ。

 もうほとんど足を踏み出せなくなっている先輩を半ば引きずり、俺は玄関の前までたどりついた。

 鍵を開け、とりあえず、課長を廊下に寝かせる。

 もう、起こすのは無理だな。

 鍵をかけ、靴を脱ぎ脱がし、俺は課長を見下ろした。

 どうにか、起こすことなく課長を俺の万年床に寝かせる。シーツや毛布は明日洗濯だな。

 背広のままの先輩に毛布をかける。

 なんとなく、こうなることがわかってたから、俺も飲んではいるけど飲まれてはいない。

 課長は放っておいて、俺は風呂に入ることにした。


 寝間着ではなく、ゆったりめの私服に着替える。

 俺の布団は、大の男が二人並んで寝れるほどでかくはないし、いくら親しい先輩だからって、男と同じ布団は勘弁だ。

 ワンルームではないが、客室なんてものはない。あったらそっちに課長を寝かせてる。俺は、先輩の様子に気づきやすいように、部屋の入口に座り込み、壁に身を預けた。予備の毛布にくるまり、そこで寝ることにする。

 明日は休みだ、なんとでもなる。


  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 長袖の紺のジャージ。俺の私服だ。

 イメージ済みのスニーカーを履き、俺は大きな木の下で、目を覚ました。

 姿勢は寝た時のままだ。カイに名乗りをしてからは、「旅行者」全員の共有空間のどこか、寝たときの恰好を維持できる場所で目覚めるようになった。今日みたいなのは、かなりいい目覚めと言っていい。

 布団で寝てるときなんか、平らなところならどこでもいいわけだから、路上や屋根の上、広場の真ん中だったりと、まぬけな恰好を晒すことが多々ある。

 起きたのが学者の家のすぐ前で、目覚めた途端に開いた扉にはたかれたのは、まだ記憶に新しい。

 立ち上がり、木陰から出る。

 さて、ここは、どこかな?


 「旅行者」が住まうことを許された町は、テューア、と名付けられている。

 大平原にて、カイに認められ、名乗りを上げたものが、最初に案内される場所だ。

 大平原から見えていた山脈の向こう側、山脈の裾野から、向こう側の平原に至る、やや山寄りの土地。山脈から平原へと流れる大河からは離れているが、山脈から、川幅20メートルはあるものがすぐそばを流れているし、山に少し入れば、地下深くから湧き出る泉もある。

 生き物が生きていくには、十分な場所だ。

 木や石、レンガで建てられた家々があり、種族によっては木の上や、地下に住処を持つものもいる。

 俺にはまだ、家はない。だから、出現場所がランダムになるんだが。

 「個」である「希なる夢人」がカイに名乗りを上げ、「旅行者」となる。「旅行者」は「住人」ではないが、滞在することができるのだ。寝るたびに来られるわけではないが、条件が合えば何度でも来ることができる。

 一番の基本条件が、己の「個」が、ここで己を維持できる十分な量以上、あること。「個」は、ここで時間経過するごとに減っていき、維持できる量を割り込んだら、自分の世界に戻って普通に寝てる状態に戻る。この「個」の量も個人差があるらしくて、長いときは十日くらい滞在できる学者みたいなやつもいれば、二時間がせいぜいのやつもいる。

 俺は、いつも早めに帰っているが、たぶん、半日はいられるはずだ。戻っても、夢を見ていただけだから、現実の時間はほとんど経っていないわけだが。

 俺はまだ試していないが、ここで農業をやっているユンボは、「旅行者」になってすぐ、畑を作りたいと「個」が条件割れするまで、誰のものでもなかった土地を耕し続けたそうだ。滞在時間は約24時間、現実で目が醒めたとき、筋肉痛だったとか。夢でも、しっかり、疲れるらしい。何事も、ほどほどが大事ということだ。来た初日くらい、様子見ろよとツッコんだ俺は間違ってないと思う。

 しばらく歩いて、今回出てきたのが、山の泉のさらに山側の森の中だったと理解する。

 あまりいないが、たまに狼や激突兎が目撃されているので、何もいなくてよかったよかった。

 澄んだ泉の水をすくい、飲む。

 いつもながら、美味しい。

 夢だとわかっているので、もしもが怖くて極力、飲み食いは避けているが、ここでは不思議と喉も渇くし腹も減る。

 これは、俺が長居しない理由でもある。飲みすぎたりして、もよおしたとき、現実がどうなるか心配だからだ。

 筋肉痛になるくらいだぞ? 出てるかもしれないじゃないか。

 ここのところ、学者と話す機会がなくて、そういう事例があるかどうかの確認ができてないから、聞けるまでは用心するに越したことはないのだ。

 「旅行者」の一人、養鶏、が時々やってる屋台の鳥の唐揚げとか、美味そうなんだけどなあ。

 一息ついて、俺はテューアに行くことにする。

 学者がいるなら、話がしたい。下のこともあるが、何度かここに来て、体験して、聞きたいことがずいぶん貯まったからだ。いるかどうかはわからないが、行ってみないとわからない。

 ここは、狩りに出るものたちがよく立ち寄る場所なので、テューアへの道ができている。

 道といっても、踏み固められた土のせいで、草があまり生えていない、歩きやすい山道程度のものだけど。それでも、迷子にならずに済むから、ありがたい。

 なだらかな山道を下る。

 いい風だ。草木の香りも心地よい。

 俺が来るのは、なぜか昼間が多い。木の葉を通して地面に落ちる光が、流れゆく風に合わせてそよぐ。

 現実の、ビルの谷間では、ほとんど見ない光の舞いだ。

 街路樹の近くになら、こういう光を見ることもできるのかもしれないが、現実の俺には、それに気づけるだけの余裕がない。

 ゆったりした、時間。広大な世界。お互いに、不思議で面白い「旅行者」ども。

 ここは、本当に、楽しい「夢」だ。

 俺を認めてくれたカイに感謝する。

 森を抜け、しばらく行くと、テューアの町が見えてきた。

 一応、魔物対策に、家・・・というか、住み家のある場所の回りは、素材はまちまちだが、けっこう高い柵や壁、塀で囲っている。俺はまだ見たことないが、動物ではない生き物も、「カイの夢」にはいるそうなのだ。

 俺はのんびりしていたいので、できれば出遭いたくはない。

 出くわしてしまったら、諦めるけど。

 作り手によって素材の違う町の囲い沿いに、門に向かう。

 風に乗って、門の方から、複数の声が流れてくる。

 争ってるってほどではないが、焦りと困惑が感じられるな。何か、あったか。

「おい、どうかしたのか?」

 囲いから門へと、ゆっくりと姿を見せながら、声をかける。

 四対の目が俺を見つめてきたので、内心ちょっとだけビビりつつ、歩く速度は変えず、近づく。

 今日の門番は冷蔵庫か。門番は、囲いより長い槍を持っているからすぐわかる。隣にいるのはオーブンだな。応援に来たのか?

 囲いの外、二人に対峙する形で塞き止められているのは、見たことのない人間タイプの男女だった。

 事情を説明しようと口を開きかけた冷蔵庫を押しのけるように、二人は一歩、俺の方に踏み出す。

「お願いです! ここには、魔法使いが、希人マレビトの魔法使い様がいらっしゃるとお聞きしました! どうか、どうか、力を貸してください! お願いします!」

 女のほうが言う。

 俺たちのことを、希人マレビトだと?

 こいつら、「住人」かよ!

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