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名付け

 壁のないオフィスを近くに感じながら、俺と、学者はお見合いしていた。立ったまま。

 漠然とした質問だってのは、俺にだってわかる。けど、気になるものは仕方ない。

 真っ黒い目をぱちくりとし、学者は、探るように話し始めた。

「・・・ええと。とりあえず、うちは学者と呼ばれとる。気になるんは、見た目か? うちとあんたの見た目が違うんは、出身が違うから、とだけ今は答えとくわ。そやな、まずは、基本的なことを説明しとかんと、いちいち面倒な気がしてきたわ」

 首から上をくるくると回し、学者は、オフィスに目を止めた。

「ちっとばかし変わったとこやけど、このままよりはええやろ。そこ、いこか」

 羽毛に覆われた太い足が踏み出され、壁のない事務所まで行くと、一番手前にあった机に腰かける。

 今、ふわっと浮いたよな、間違いなく。

 長い話になりそうだと、俺もあとに続き、俺は近くの椅子に座りこんだ。

「ほな、先に説明させてもらうな。質問はそのあと、っちゅうことで」

 真ん丸い黒目が俺を見下ろし、言った。俺は、頷くしかなかった。


 学者の話を、俺なりにまとめていく。

 まず、学者や俺のようなものは、ここに来たことを忘れない夢人で、希なる夢人、と呼ばれるものらしい。呼んでいるのは、大本の超でかい夢を見ている「カイ」と、見渡す限りにはいないが、「カイの夢」にもともと住んでいるものたちだそうだ。

 言葉の主の名前が、カイ、ということだな。

 学者も、カイとは話はしても、姿を見たことはないという。

 カイが見ている夢なんだから、本人は登場しにくいものだろう。「自分」が出てこない夢だってある。

 そして。もう一つ。

 個、であるものは、「カイの夢」において、自分で自分に名付けを行うことで、自分の夢を自分に同化させ、「カイの夢」の住人として存在することができるようになる、そうだ。

 今は、「カイの夢」に入り込んでしまった異端だが、カイが認識することで、旅行者、みたいな感覚になるらしい。条件と意思がそろえば、「カイの夢」に何度も来られるようになるんだと。つまり「カイの夢」を旅行先とするなら、また行きたい、と思うのが意思で、条件は旅行費って感じか。

 名は、かなり大事なものなので、告げるのはカイにだけでいいそうだ。それとは別に、夢人同士で呼び合うための呼び名も決めておく。来るタイミングがまちまちで、何度もここに来れているのに、未だに会ったことのないものも、少なくないそうだ。だから、呼び名は仕事や得意分野、自分にできることに関わるものにすると、打ち解けやすい、とは学者のアドバイス。

 好奇心旺盛で、いろいろと調べるのが好きで、「カイの夢」の秘密を暴きたいからと、学者は呼び名をこう決めたのだそうだ。

 この大平原は、異端であるものを選別するための場所で、あの山脈の向こうには、街や村なんかもあるらしい。行くためには、カイへの名乗りが必須だが。

 そして学者は、学者の世界では、有翼族という種族で、女性。地球のフクロウと性質は似ているが、多少不自由はあるものの、昼間も行動できるそうだ。

 当然、狩りもでき、弓も使えるけど、上空から獲物を頑丈な脚とごつい爪でがっちり捕獲するほうが手っ取り早いんだそう。・・・靴なんか履いてない彼女の脚と鉤爪は、それはそれは立派でしたとも、ええ。

 「カイの夢」の中では、学者の世界からの夢人は、彼女だけなのだそうだ。

 同郷者はなんとなくお互いにわかるらしいから、機会があれば、だな。

 見た目的には、俺のような人間型が、一番多いらしい。


「・・・と、まあ、こんなとこやろ。名無しの状態で教えられるんはここまでかなあ」

 名乗りをしてない夢人は、まだ異端だから、あまり詳しくは言えないことも多いようだ。それは、仕方がない。異端から旅行者になっても、まだ言えないこともあるだろう。

「ま、よぉに考えな。うちには、ここはおもろいことばっかやけど、そんなん人それぞれやしなあ」

 黒い目がまっすぐ俺を見る。

 そして、たぶん、にっこりと笑った・・・気がする。肌は全部羽毛に覆われているうえ、嘴だから表情がわからないんだよ。

「さて・・・。名乗るなら、うちは退散せなな」

 言って、学者は空を見上げた。

 彼女にとって、カイは空にいるらしい。

「カイ! 終わったで!」


===ありがとう。では、送ろうかの===


「ん。ほなな!」

 元気な挨拶とともに、来たとき同様、学者の姿が掻き消える。

 カイの夢だから、カイにだけ使える瞬間移動みたいなものなんだろう。


===それで。おまえは、どうする?===


 俺の答えは決まっていた。

「名乗るさ。俺は、この大草原に、また来たいと思っていた。初めて来たとき、起きても覚えていた上に、またここに来られた。この次もあるかもしれないなら、俺は俺に名前をつける」

 風が、楽しそうに吹き過ぎる。

「俺の名前は・・・」



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 目を覚ます。夢と同じで左腕は重いしヨダレも出てるが、気にしない。

 大丈夫だとは思っていたが、念のため、保存データを確認する。よし、大丈夫。

 電源を落とし、戸締りをして会社をあとにする。

 身支度整えて、すぐ出社だな。

 けどまあ、仮眠もとれたし、それほど疲れはたまってない。これについては、カイのおかげだ。

 居残りが課長にばれたら大目玉だろうから、先に根回ししとかないとな。若白髪にはまだ、知られちゃ困る。

 昔、課長が俺にしてたことと同じなんだから、たまの無理くらい、大目に見てもらわないと。

 時計を見る。

 もう少ししたら、課長も起きてる頃だろう。

 帰宅したらすぐ、連絡しないとな。

 俺は、人気のない道を足早に帰った。

 


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