表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

プロローグ

 夢を見ている。

 これは夢だ、と、わかっている、夢。

 夢の中では、自分は自分で、眺める世界は過去の思い出か、いつもの町の風景だ。

 時には空を飛ぶこともあるけれど、ちょっと高めにジャンプしたぐらいの高さしかないから、知らない景色を見ることはできないのだろう。

 だから、これは夢だ、とわかるのだ。

 しかし、今、見ている夢は・・・、いや、自分がいる場所の景色は、いつものものとはかけ離れていた。

 夢だとわかる根拠はある。俺がいるのは俺の敷きっぱなしの布団の上で、起き上がりはしたが、腰から下はまだ布団の中だ。枕元には積まれた本や漫画の山。足元には、仕事用の書類カバン。明日用の服は、右手の先に畳んで置いてある。

 そして、その向こうは、本来なら飾り気のない壁なのだが。

 今は、やけに見晴らしのいい、ケニアの自然公園を思わせる、大平原になっていた。

 もちろん俺は日本を出たことなどない。パスポートすら持ってない。

「・・・夢、だよな?」

 声を出してみる。これが夢なら、寝てる本体の俺は、寝言を言ってることだろう。

 たまに、寝言で目が醒めることもあるけど、今はまだ起きる時ではないようだ。


===ここは。わしの夢の中だ。おまえは、わしの夢の中で、おまえの夢を見ておる===


 どこからともなく、言葉が届いた。

 声、ではない。やわらかい、気づくことすらあまりない、そよ風のように。

 だからか、驚きはない。

 だが、意味は理解できなかった。反射的に問い返す。

「・・・は?」

 ありがたいことに、言葉は再び届いてくれた。


===今。わしの夢と、おまえの夢は、一部、交ざりあっておる===


「・・・えっと?」

 この言葉の主の夢の中に、夢を見ている俺がいる・・・?

 夢って、自分の脳みその中で、完結してるモンじゃないのか?

 改めて、周囲を見直す。

 地平線さえちらほら見える、ほんっとうにだだっ広い、大平原だ。左側の遥か彼方に、山脈っぽい灰色の影が見えるけど。そんな大平原のど真ん中(?)に、壁のない四畳半の畳と万年床と俺。

 嗅いだことのない、草だか土だかの匂いを含んだ風が、軽く、頬を叩くように、吹き過ぎていった。


===ふむ。おまえは、考えておるな。最初から否定せぬ、知恵あるものか===


「考えてはいるけど、なんもわかんねえよ」

 単に、事態に頭がついていってないだけだよ・・・。パニック起こせるほど若くもないし、体力もない。 これが夢なら、早く醒めればいいのに。


===ふむ。・・・わしの夢の方が大きく、力もあるから、おまえの夢は、おまえ自身の身の回りのものぐらいしか、具現化できておらぬのだ。普通は、己の夢の外など、夢の中にいるものが、認識できはしないのだが・・・。おまえは、夢の中にあっても、個である。ゆえに、わしの夢をも、見通しておるのだろう===


 えーと? でかい夢の中に、小さい夢が入り込んだ、ってことか?

 でかい風船の中に、小さい風船が入ってるようなモンかな?ゲーセンのイベントとかで、子どもが喜んでもらってるようなやつ。

「俺、あんたの夢に入ってるってこと?」

 言葉の主がどこにいるかわからないから、とりあえず、サバンナの向こうに見える、山脈っぽい方を見つめて聞いてみる。山脈っぽいもの=仮想・言葉の主だ。


===うむ。そのようなものだな。まあ、毛色の違う夢とでも思い、散歩でもするがよかろう。おまえのようなものは、時折やってくるが、二度と見かけぬことが殆ど。再びまみえたとしても、以前のことを忘れていたり、だ。所詮は、夢ということよ===


 この言葉の主が見ている夢を、俺も一緒に見てる、ってことかな。

 うん、たぶん。そんな感じなんだろう。

 俺は布団を剥ぎあげ、立ち上がる。寝間着のまま、畳の隅っこまで行き、おっかなびっくり、大草原に向けて、手を伸ばす。

 夢なのに、部屋の外、突き出した腕に、太陽の熱を感じた。

 しかとは届かなかったが、言葉の主が笑っているような気がする。

 足を出してみようか、と思ったが、寝ていた俺は当然、裸足だ。どうしたものかと少し考えていたら、また、言葉がきた。


===おまえは、個だ。おまえ自身は、おまえの夢でできている。履き物が欲しければ、おまえが夢で見ればよい===


 夢で見ろって、オイ。今いるのが夢ン中だろうが。今ないんだから、夢ン中にないってことだと思うんだが。部屋の床周辺はあるけど、玄関も靴箱もない。

 言葉の主に内心ツッコミを入れていると。

 いつも仕事に履いていく革靴が、いつのまにか装着されていた。

 寝間着に、革靴・・・。


===ほう。できたではないか。おまえ、飲み込みが早いぞ===


 言葉の主よ、あんた絶対、笑ってるだろう。

 よーするに、想像しろってことか。自分がよく知ってるものなら、作り出せるってことかな。

 突き出したままだった腕をひっこめ、一歩、足を踏み出す。

 じゃりっとした、小石混じりの荒い土の感触。まとわりつく、日本なら真夏の空気。ここの季節が、夏かどうかはわからないけど。

 反対側の足も、外に踏み出す。当たり前だが、これで全身が大草原に出た。

 見渡す限りの広大な草原に立ち、そのあまりの果てのなさに、圧倒される。

 視線を遮るものが、何もない。ただ、広い大地。果てしない、空。

 遥か彼方の、仮想・言葉の主山脈も、ひたすらな大地の一部だ。

 人工的なものは、何一つない。

 こんな景色は、初めてだ。

「・・・なあ」

 思わず、言葉の主に問いかける。

「・・・俺は、ここに来るのは、初めてか?」

 どことなく楽しげな雰囲気をまとい、言葉が届いた。


===そう、だな。わしは、今までに来た夢人どもは、だいたい覚えておる。が、おまえは、これが初めてだ===


 たった、一歩しか出ていない。だが、それで、十分だった。

「あんたの夢、すごいなあ・・・」

 広さも、高さも、遥かなる風すらも。

 言葉は、ない。ただ、静かに笑っているような、かすかな気配だけが届く。

「また、来たいなあ・・・」

 壮大な大地。鮮やかな陽の光と、熱。ただただそこにある空と、吹き渡る風。


===気に入ったか?===


 どことなく、嬉しそうな声だ。

「・・・ああ。とても」

 素直に、答える。

 風が、楽しげに吹きぬけていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ