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あの頃も、今日も  作者: 満月仔鳥
9/22

9、あの頃の耳の裏下のにおいを嗅ぎたい

すっ…すっーーーっすっ…

すっ…すすっーーーーーっ…すっ

すすすっっ


背後から「すっす」と音がするので振り返ると、社員のおじさんだった。

パソコンで社内掲示板を読んでいる私に気付かせるため、息を歯の間から出したり吸い込んだりして音を立てていたのだ。

「あ、これ…」

と、私に出すようになっている提出物を渡して去って行った。


どういうことだろう。

名前を呼べばいいじゃないか。

「すみません」でもいいだろうに。すみませんの「す」か?

なぜ息の音で気付かせようとするんだ。

この会社、変な人ばっかり。嫌な方向に変な人。


昼休みに皇居周辺をランニングして、汗だくになったジャージを置き型エアコンの上で乾かす東大出身の分厚い眼鏡をかけたおじさん、そのただならぬ異臭に「そこでジャージを乾かすのをやめてくれ」と毎日文句を言うおじさん。

奥さんから毎日電話がかかってくる人。そして毎回出ない。

お菓子メーカーが毎週補充しにくるお菓子ボックスは、お菓子をもらう時にそこに置いてある貯金箱に代金を入れるのだが、お菓子とお金の計算がいつも合わない。

共同で使う社内文書を作成するパソコンが、直前に使用した「かな入力」のままになっている。

誰だよっ!毎回「かな入力」してるやつ!


なるべく会社の人と接触しないように、交流しないようにしていた。

私も変な人と思われているのか。嫌な方向に。

まあ、実際変な人だ。

昔の恋人のインスタを毎日チェックして、その子供の成長を見守っている。


あのインスタ発覚はかなり堪えた。

十年以上前の彼といた情景がありありと蘇り、今と昔を行ったり来たりして、おかしな感覚になっていた。

彼の部屋のビニールの床にあったタバコの焦げた跡や、よく一緒に行っていた居酒屋で必ず頼んだ丸腸焼きのプリプリの食感が、ぶわっと脳裏に立ち上ってくる。

そういえば、彼はいつも私の耳の裏の下あたりに鼻を寄せ、「あ~いい匂いがする~」とくんかくんかと熱心に嗅いでいたなあ。

どんなにおいなの?と聞いたら、「なんとも言えない、すっごいいいにおい」と言うので、私にはまったくわからない。自分の耳の裏下のにおいは嗅げないし。

あの頃の私の耳の裏下のにおいは、この世で彼しか知らない。

一度でいいからどんなにおいなのか味わってみたかったなあ…

しばらく昔に戻っていたら、ふっと現在に戻り、目の前にあるのは自室の干しっぱなしの洗濯物だったり、三時のラジオ体操をする暗い社員たちだったりする。

胸がぎゅっと苦しくなる。

インスタ発覚以来、思い出という暴力にさいなまれていた。


そんな幸せな未来に何の足しにもならないような行為やめればいいのに、やめられないのだ。

毎日、いや正直に言うと一日三回は彼のインスタをチェックしていた。更新は三・四日に一回なのだが、

「アップしてくれるな幸せな日々を」と思いながら、新しい画像の登場をヤキモキして待っていた。

インスタで彼の子どもの成長や仕事ぶりを見る

 ↓

子どもどころか、結婚もしていない、恋人もいない、死ぬほどつまらない仕事をしている自分を再認識

 ↓

例の祭開催

何にもいいことはない。


ヴォイス・シャンバラのサイトでは、今電話ができるカウンセラーにみたまさんがいつも載っておらず、あれ以来一度も電話していない。

ブログ「みたまの部屋」も、あのめんどくさいなんちゃらエッセンスの記事以降、更新されていない。

負のスパイラルに陥っていた。


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