17、ホテルいこい一一0九号室
来てしまった。
ホテルいこいの一一〇九号室。私はそのドアの前にいる。
なんかされたらどうしよう。こわい。
でもこの世界では私は五年続けているみたいだし。せっかくこちらに来たのならここでの私の人生を歩まなければ、こちらの私に失礼なのではないだろうか。こっちはこっちで頑張っているのだろうから。
意を決してコンコンとノックすると、ガチャリとドアが開いた。
「おっ、あ~日美ちゃんか~。しょうがない、今日は抜きなしか!」
「あちゃ~」という感じで手で頭を抑えながら、私を部屋へ入れてくれた〈坂原さん〉は、日焼けか酒焼けかわからない少し赤い肌のつやつやした、気の良さそうなおじさんだった。
―抜きなし?どういうこと?まずこの仕事はやっぱり抜くことが前提なのか?そして私は抜きなしでやってくスタイルということ?というか私本名でこの仕事しているの!?
「…すみません」
思わず謝ってしまった。
「いやいや。でもまあ日美ちゃんにやってもらったら、ほんと一週間は身も心も軽いからね。なんかいい事が起るし」
坂原さんはTシャツを脱ぎ短パン一枚の姿でベッドにうつ伏せになりながら言った。
私はさきほどのマンションから持ってきたアロマオイルを恐る恐る手に伸ばし、ええいままよ!と思うままにマッサージをしてみることにした。
今まで自分がうけてきたマッサージや親にやったマッサージなどを思い出しながらなんとなく初めてみたら、なんだか知らないが動きが身に付いているようで、手のひらが滞りなく坂原さんの背面を滑っていく。
初対面のおじさんの肌に触るという嫌悪感が、不思議とない。
自分の体重をかけながら、目の前の身体の細胞一つ一つに集中して手を滑らせていく。
なんだろう、楽しい。
アロマオイルの香りに包まれて無心で波を打つように動いていたら、マッサージを受けている坂原さんと同化して、自分まで気持ちよくなってしまっている。マッサージをしているのは自分だというのに。不思議だ!
気が付くと六十分のマッサージが終わっていた。
「なんか今日いつもより丁寧だったね」
坂原さんがそういうので、いつもの私はもっと雑な感じなのだろうか。
背面が終わり仰向けになったタイミングでは坂原さんのブツが屹立していたハプニングもあったが!
いつものことなのか!?
前面が終わるころには、そちらも収束していた。
マッサージでぼうっとしたままの坂原さんから一万八千円を受け取り、ホテルいこいの一一〇九号室を後にした。
ホテルの外に出ると、同じようなホテルと夜の準備前の飲み屋数軒の辺り一面が夕焼けで染まっていた。
「ああ、やった、やったなあ私は!出張アロマオイルマッサージを!!」と深呼吸をすると、昼間の太陽が町を熱した残り香がした。
―ありがとう、この世界の自分。抜きなしで頑張ってくれていて。生きている実感を味わったよ。
私は軽い足取りで待機室のマンションへの道を歩いた。




