16、出張アロマオイルマッサージの待機室
「基本的にはアロマオイルでマッサージするだけ。触ってくるお客さんも、いるにはいます。そりゃいます。でも嫌だったら断ればいいから」
女性二人が向き合って話している。
「うちは有限会社フェニックスというちゃんとした会社だし、私は常務として働いていますし。変なところではないですよ」
暗めの茶色のひっつめ髪に薄化粧の中年女性〈常務〉がそう言った。
向き合う若い(二十代後半くらい?)の女性は心細げだ。
―ここ、なんだっけ。このシチュエーション、見覚えある。マンションの一室。布団をしていないこたつテーブルで面接。
私は漫画や雑誌がたくさん置かれたこの部屋の隅の床に座っている。
「うちは決まったホテルにしか行かせないから。この近くのホテル三軒。ほら、あそこに見えるでしょ、〈いこい〉って。あそことか。お客さんの家に行くことは一切ないから」
…ってだったら安全みたいな言い方だけど、全然安全じゃないからっ!
常務が瞬きの度に白目をむいて喋るから余計不安になる。
面接している子が不安そうにこちらを盗み見ている。私は素知らぬふりで体操座りの足先を見つめた。
「日美ちゃんなんか最初は週末だけだったけど、今はフルでもう五年?六年?やってるから、大丈夫よ!」
常務が私をその子の安心材料に使っている。
そうかあ。私ここ面接に来たことあるわ。
東京に上京する前、平日は小さな広告代理店で事務の仕事をしていて、土日だけバイトしようと、無料の求人誌から時給が良い《エステティシャン募集》を見つけて面接を受けたんだった。
お金が欲しいというより、白衣を着てみたくて。この年齢から白衣を着ることができる仕事はエステティシャンだ!と安易な考えで受けた面接だ。
そのときは出張マッサージとは思わず、結局やめたけれど。これはやったバージョンの世界にいるわけか。
しかも五年も、フルで続けているらしい。あの広告代理店、辞めたのかあ。
「お客さんは女性はいないのですか」
面接女子が消え入りそうな声で聞いた。
「うん、女性もいるよ?でもほとんどが男性だけどね。マッサージの仕方はちゃんと教えるから。指名が入れば指名料もあるからね。実力の世界ですよ」
常務が白目をむきつつ答えた。
面接女子は「うーん」と小さくうなり、うつむいてしまった。
常務の携帯が鳴った。
「はい。ああ、今私マンションのほうにいるのよ。うん、面接で。今、日美ちゃんしかいない。はい。客、誰?―ああ、いんじゃない?はい、じゃあ日美ちゃんで。はーい」
常務が私の方に向いた。
私はきっとものすごく怯えた様子をしていたのだろう、
「日美ちゃん、…え?大丈夫?」
常務が不審そうに言った。
「坂原さんから六十分入りました。いこいの一一〇九ね」
…え、…行く…のか。やるのかアロマオイルマッサージを…。坂原さんとやらに…。
「こういう風に仕事が入るの。ちなみに今の坂原さんというのは常連さん。常連さんも多いから全然大丈夫よ」
うなだれる面接女子に、常務はなおも白目をむきながら説明を続けていた。




