11、無職でコソコソ生きる
とにかく節約しなければならなかった。
三十代半ば、東京一人暮らし彼氏なし貯金なし、下痢続きで最後に血が出る上に、無職になってしまった。
働かなければならないことはわかっていたが、すぐに次の職を探す気力がなく、しばらく家でじっとしていたかった。頼みの綱は最後の給料と失業保険の給付金。
猛暑と言われた夏だった。
寒い冬を節約して越すよりはまだマシなんだと自分に言い聞かせ、スーパーで購入した大きなボトルにウォーターサーバーから無料の水を汲み、それを飲料水とし、トイレはなるべく外で済ます日々だった。買い物がなく水だけ汲むときもあり、買い物をしたふりをしたりして、こそこそと水を入れていた。
ただ働いていないという誰に対してかわからない罪悪感があり、いつも人目を盗んで行動していた。
そんな自分が悲しく、また堂々と道を歩ける日は来るのだろうか、いやもう来ないのかもしれないと、冷房つけていない部屋で汗が溜まる腰のあせもに苦しみ、夕方近所から流れてくる「遠き山に日は落ちて」に毎日胸を締め付けられながら悲嘆に暮れていた。
いつものように、人が少ない午前中行動をしていた日のこと。
大きな空のボトル入りの袋を肩から下げ、結構な勇気をもって大き目の書店に入ってみた。本屋さんに入るのさえも勇気を必要としていた。
キラキラと輝いているファッション誌コーナーから逃げて奥に進むと、そこは古本コーナー、その隣は趣味・実用書コーナー。年配の男性が一人、二人、適当に立ち読みをしている。一人は白髪にメッシュのハンチング帽をかぶり、一人は首からガーゼのタオルをかけていた。紛う方なきおじいさん寄りのおじさん達だった。
スーパーも本屋さんも、午前中に町にパラパラとまばらにいるのは、年配の男性がほとんどだ。
それがまた社会と隔絶されている感を増す。まあ今はこれが居心地いいのだけれど……店員もやってこない奥のスペースで淋しくものんびり歩いていると、急に色鮮やかなコーナーが目に飛び込んできた。
黒の用紙に「おとなのぬりえ 花曼荼羅」という色とりどりの文字が描かれているPOPの前に、凝った万華鏡の中を映し出したような表紙の冊子がたくさん置かれている。
一冊手に取り中を見ると、花を細かくした幾何学模様が円になっているものが、塗り絵の枠となっていた。
―塗り絵…何も役に立たないこれを、ただただ緻密に色を塗っていくことで得る脳の快楽のためだけに、この安くはない冊子を買う人がいるのだな……これを時間も気にせず塗ることが仕事だったらいいのにな……
―そして、やっぱりきたな。めんどくさすぎて頭の端っこに無理やり追いやっていたあれ。あああ、いやだ。花曼荼羅…
塗り絵を手に暗く佇んでいると、ハンチング帽のほうのおじさんがこのコーナーにやってきていた。私が手にしている塗り絵を見つめ、なにか話しかけてきそうな気配がしたので、咄嗟にぐるりと後ろを向き逃げてしまった。
―ああ、おじさんなんかごめん。…しかしすごい柄のポロシャツだったな。胸元に龍とは……。龍…これもなんか言ってたな、みたまさん。
私は観念する感じで、スマホで久しぶりにみたまさんのブログを開いてみた。
記事は相変わらず一件。しかし……件名が変わっている!
「エナジーエッセンスの作り方 ※追記有」
追記?
記事を開くと、前と変わらず、手間がかかる新月や満月や花曼荼羅がどうというエナジーエッセンスの作り方が記されており、最後の方に追記がされていた。
※どうかめんどうがらないで!
私は思わず先ほどのおじさんの方を振り返ってみたが、もうそこにはいなかった。




