1、あの頃
今日は大丈夫だと思っていたのに、やってきてしまった。
意識すればするほど、呼吸が浅くなっていく。
背中を二本の汗がつたう。
周りが気付く前にここから出なければ。
私はスマホの画面を見ながら身をかがめ、いかにも緊急の電話が入ったように会議室から出た。
使用していない小さな会議室を探し、入る。
震える指で猛然とスマホ画面を操作し、いつものところに電話をかけた。
案内が流れすぐにつながった。
「はい、ありがとうございます、ヴォイスシャンバラのみたまです」
やわらかで透けている声が聞こえてくると、一瞬呼吸が落ち着く。
「…うお」
口の中がカラカラに乾いて、唾を飲み込もうとするけれど出てこない。
「ぅひ、…ヒビです」
自分の声が石臼ですりつぶして出したように低くざらついていて、驚いた。
「ヒビ様…ですね。いつもありがとうございます。どうしました?」
「……ひぃま(ゴクン)、今会議中で、それなのにまた息が苦しくなって」
話し始めるとまた胸が詰まり、息が上がってくる。
「会社で会議中だったんですね?わかりました。まずは落ち着きましょう」
私は椅子に座り、深呼吸をして気を落ちつけようとした。
私はネットで見つけたヴォイスシャンバラという電話コーチングサービスの常連で、いつも「みたまさん」を指名していた。
みたまさんはカウンセラーの自己紹介ページで、スピリチュアル要素があると記載していた。
あの頃の私は、九十分毎に人目につかないところで(主にトイレ)一人でオーラ浄化の儀式をし、外で異常事態が発生したらカラオケボックスに駆け込んでみたまさんに電話をし、便(大の方)をした後は血を吹き出していた。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
これはいつまで続くのだろう。
いつもそう思っていた。
黒く大きな岩を荒縄で縛って背負い歩き続ける日々だった。
空はいつも曇天だった。