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ダグラスは、むっつりと黙り込んだままだった。それを無視して、にこにこと笑みを浮かべたまま、さらに言いつのる。
「王族には相応しくないと声を上げられるくらいだもの、たとえダグラス様の血を引いていてもいらないのでしょう?だったら、わたしが貰いますわ」
「しかし」
焦って言葉を紡いだのは、宰相だ。たしか、名前は……ノーゼウラだったはず。侯爵家の当主だ。レオ-ルがダグラスの血を引いていることを重視している数少ない人だ。
「わたしが持っている帝国の貴族籍の養子に入れます。爵位も伯爵位ですし、ちゃんとそれなりに領地もありますから、なんの心配もいりません」
これで義務の一つが片付く。祖国と帝国は王女が他国に嫁いだ場合、その子供達を呼び寄せるために爵位と領地を用意するのだ。魔力を落とさないようにするためのやり方だ。帝国王女であった母も嫁ぐときに爵位と領地を継承していた。それが唯一の王女であったわたしに受け渡されたわけだ。厄介なことに、祖国分も持っているのでもう一人、後継者を作る必要がある。
「そのようなことが認められると……」
ローレング辺境伯が思い余ってなのか、反論してくる。そんな彼がとても不思議に思えて尋ねた。
「何が問題なのです?先ほどまであなた達三人はレオ-ルが王族に相応しくないから出て行けと喚いていたのでは?」
「それは」
ローレング辺境伯は言葉に詰まった。それを無視して、今度はキャサリンに目を向けた。
「王妃様は北の修道院なんかどうでしょう?生活は質素ですし、気候も厳しいですから、反省するにはとてもいい環境だと思います」
キャサリンは修道院と聞いて、喚いた。
「何故、わたくしが修道院になど……!」
「あら、聞き間違いだったかしら?先ほど、ダグラス様に訴えていたではなかったかしら?役に立たない者は王族に相応しくない、役立たずは出て行けと言っていたではありませんか」
「それとこれとは別よ!わたくしは王妃なのよ!」
激高して飛び掛かってきそうであったが、すっとアレックスが間に入り、距離を詰めさせない。敵意を剥き出しにしたキャサリンを冷めた目で見つめた。
「レオ-ルはあなた方の希望通りに王族から除籍されて帝国に行くのです。ダグラス様の血を引いているレオ-ルでさえ役に立っていないという理由で出ていくのですよ?元々王族でもない役立たずな王妃様が出ていくのは当然でしょう?」
「わたくしは王妃よ!」
「よりどころは王妃というくらいということかしら?笑えますわ。後継者も産めない王妃など、どこに価値があるというのか」
痛いところを突かれたのか、キャサリンが息を飲んだ。顔色がやや悪くなる。そして、冷ややかに自分を見るわたしにようやく気が付いたようだ。面倒だけど、さらにキャサリンを追い込むことにした。
「王妃になって10年。子供が求められる地位にいるのに、後継者を産まない、側室を勧めるなどの役割も果たさない王妃の価値を教えてもらいたいくらいですわ」
「わたくしには姉上の残した子を育てる義務が……」
「その子供を育てることなく王族から除籍するのだから、大義名分はすでにありませんね」
「それは……」
彼女は助けを求めるようにローレング辺境伯へと視線を向ける。彼は苦り切った顔をしており、頷きはしないが否定もできないでいた。
こちらは思惑が外れて、といったところか。キャサリンに与していると見せかけて、ダグラスに恩を売りたかったのかもしれない。
ちらりとダグラスとノーゼウラ宰相にも視線を向けたが、こちらも顔色を悪くしていた。頭の中はきっと直系の王子を帝国に養子に出すという前代未聞の事態にどうするべきか、忙しく思い巡らせているのだろう。
宰相、禿げなきゃいいけど。
つい彼の寂しくなっている頭を見て、彼の顔色を見て、ついつい髪の毛の心配をする。
「10年も空白を作ったことは罪だと思います。きっとダグラス様のことが心配だったのでしょうね。でも、後のことは心配なさらないで?ダグラス様のお子様はわたしがたくさん産みますわ」
そう言いながら、そっとお腹を撫でてみた。それだけで何を言いたいのかわかるだろう。嫣然とした笑みを浮かべて、挑発的にキャサリンを見つめた。
キャサリンの顔が瞬時に憎悪に染まった。ぎらぎらとした目を向けてくるが、反論するだけの言葉がないのか唇を噛み締めている。キャサリンは悔しさに表情を歪ませて再び頼みのローレング辺境伯を見たが、彼も喋らない。表情を硬くして唇を結んでいる。その様子に失言を避けているようにも思えた。
なんとも言い難いギスギスとした空気を壊したのはダグラスだった。ダグラスはため息を一つつくと、わたしの方へと近寄ってくる。
「……アデライン、これ以上は体に障る。宰相、魔石を受け取ったら、すぐに魔術師団へ届けてくれ」
ダグラスは持ってきた魔石をわたしから受け取ると、そのまま宰相に渡す。宰相がその中身を確認するのを待ってから、わたしはやや呆然としているレオ-ルを手招きした。
「では、レオ-ルと一緒に戻りますわね。宰相様、書類の用意をよろしくお願いしますわ」
悔しそうに顔を歪めたキャサリンと他二人を無視した形でダグラスに挨拶すると、そのまま執務室を後にした。
******
漂うお茶の香りは心を穏やかにする。後宮に戻ってきたわたしたちにサラとクリスティンが用意した物だ。レオ-ルを連れて戻ってくると、クリスティンが部屋から飛び出してきた。レオ-ルを撫でて、無事を確認するとようやく安心したようだ。
「うふふふ、今日は完全勝利ね!」
「参りました。今日、あそこまで喧嘩を売るとは思いませんでした」
疲れたように呟いたのは、アレックスだ。キースは難しい顔をして腕を組んでいた。
「あそこで喧嘩を売らずにどこで売るのよ。それに、そうでもしなかったらあなた達、切りかかっていたでしょう?」
「当然です。我が主が侮辱されたのだから」
珍しくダレンが唸る様に告げる。いつもと違う様子にサラは驚きを見せた。
「落ち着きなさい。でも、面白くなってきたじゃない。暗殺なのかしら、それとも誘拐かしら?」
「少しも面白くありません。しかも、ローレング辺境伯まで喧嘩を売って」
アレックスがそう言いながら、難しい顔をする。ローレング辺境伯、と聞いてレオ-ルが体を揺らした。
「大丈夫よ。計算は得意そうだから、損になるようなことはしないと思うわ。娘も傲慢で、最悪だったわね。でも、可愛いレオ-ルがあんな女と結婚しなくなっただけよかったわ」
自分の成果に満足そうに告げると、アレックスがため息を漏らした。
「レオ-ル様。この方が義母になるなど拒絶したい気持ちもあるとは思いますが、あの親子はダメです。どちらかを選ばなくてはいけないなら、アデライン様を選んでください」
頭を下げられて、レオ-ルが困ったように首を振った。
「僕はすごく……嬉しかった。でも、アデライン様には無理をして欲しくない」
「無理じゃないわよ。誰もいらないと言っているのだから、素直にわたしの養子になりなさい。どちらにしろ、子供二人には祖国と帝国籍になってもらう必要があったのよ。わたしと血がつながっていなくとも、王族の血は引いているのだから問題ないわ」
「でも」
レオ-ルの戸惑いはわかる。かちゃりと音を鳴らしてカップをテーブルに戻した。
「貴方はもうわたしの子供よ。ダグラス様が父親なら、側室のわたしが母でもおかしくないでしょう?お兄さんになるのだから、しっかりなさいな」
「「「お兄さん……?」」」
護衛達の声が重なった。
「あら、さっきの会話で分からなかったの?王妃様でさえ気が付いたみたいだけど」
「牽制……では」
キースがもっともなことを言う。
「そんな見え透いた嘘、つくわけないじゃない」
「本当に?」
アレックスはわたしではなくサラに確認した。サラは軽く頷いた。
「まだ侍医には見せていませんが、確実かと」
「マジか……」
皆が共通して思い浮かんだのは、狂気を見せる王妃の姿。そしてやる気満々の主。
キースは空を仰いだ。アレックスも諦め顔だ。ダレンだけ表情を崩さない。
「ちょっと暴露するのが早すぎたけど、まあまあ多分計画通りよ」
「多分計画通り、って。帝国籍の養子にするところしか合っていないじゃないですか」
キースが諦めたようにため息をついた。
「いいのよ。大体で。辻褄が合えば問題ない。それで、レオ-ル」
「はい」
「こうなってしまっては、ゆっくりと魔力を出す訓練をする時間がないわ。今から、さくっと出口を広げてしまうわね」
レオ-ルの手を取ると、ぎゅっと握りしめた。
「どうやって?」
「うん、こうやって」
にっこりとほほ笑むのと、レオ-ルが慌てて手を引こうとするのが同時だった。ぐっと力を入れ逃げるのを抑えると、一気に魔力を流し引き出す。
「うわ、ひどい」
キースがそんなことを言いながらも、慌ててレオ-ルの体を支えた。突然流し込まれた魔力の量にレオ-ルの顔色が悪くなる。
「おやすみ。一週間は動けないと思うから、ゆっくり休んでね」
そう囁くと、レオ-ルの目がゆっくりと閉ざされた。