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 後宮のある居住区域からダグラスの執務室へ行くには、かなりの距離がある。王宮であるのだから仕方がないことではあるが、距離があるということはそれなりに人に会うということだ。

 急いでいきたいのに、やや微笑みながら優雅に見えるように歩くのは一苦労だった。


「忌々しい」

 

 笑みを浮かべたまま小さく呟くと、先導していたキースが少し笑う。


「仕方がないですよ。引きこもりの側室様が王宮を歩いているんです。しかも、寵愛の印をつけて。今日のうわさを独占ですね。まさに時の人です」

「誰が引きこもりよ。陛下がそうしろっていうから、籠っていただけで」


 ぶちぶちと文句を言いつつ、歩く。


「止まってください」


 とてもぴりぴりした空気を感じ取って、キースが足を止めた。後ろにいたアレックスが注意深く周りを見回す。扉は閉ざされているのに、何か言い合っている声が聞こえてくる。言葉が聞き取れなくとも、その雰囲気は十分感じられた。


「何か揉めているようね。あそこが陛下の執務室かしら?」

「恐らく。どうしますか?」


 アレックスが小さな声で指示を仰ぐ。少し考えてから、にっこりとほほ笑んだ。


「気が付かなかったふりをして、突撃しましょう!」

「……流石、アデライン様」


 キースが茶化すが、顔は真面目だ。そのまま先導して、執務室の前までくる。執務室の前にも護衛騎士が立っていたが、キース達を見ると声を掛けてきた。どうやらキース達は顔見知りの様だ。


「ご用件は?」


 キースが護衛騎士の問いに丁寧に答える。


「陛下から依頼されておりました魔石を届けに参りました」

「魔石、ですか。届けられることは伺っています」


 その言葉から、わたしが直接やってくるとは思っていなかったようだ。護衛の誰かが届けに来るとだけ伝えられていたのだろう。


「……少々、前の約束が押していますが、どうしますか?」


 空気が悪いから、今はやめておいた方がいいと言う心遣いだ。もちろん、言外に含まれる意味を汲み取った上で、少し微笑んだ。


「大丈夫ですわ。気遣いありがとう。できるだけそっと入りたいのだけど」

「わかりました」

「では、お願いね」


 護衛騎士が音を立てずに大きく扉を開けた。


 部屋には激高するキャサリンとその後ろには30歳半ばのがっしりした体躯の男性、そしてレオ-ルと同じ年くらいの少女。向かう側にはダグラスと宰相、レオ-ル。

 どうやら、キャサリンはレオ-ルの王族剥奪と追放を訴えているようだ。レオ-ルを見ると、俯いて拳を握りしめている。体に震えはなかったが、怯えているのが一目で分かる。


 わたしが入ってきたことにも気が付かないって、どうなのかしら?


 注意を引くように、手にしていた扇子を手のひらに叩きつけた。ぱんという音と共に、こちらへと皆の注意が向く。


「まあ、賑やかなこと。ダグラス様、わたしとの約束はお忘れになっているのかしら?」

「アデライン」


 毒気が抜けたようにダグラスが呟く。その無表情ながらも、よく呑み込めていない目をしているダグラスに艶やかに笑って見せた。


「嫌ですわ。お忘れになったの?魔石をできるだけ早く届けるようにとわたしに申しつけたではありませんか」

「ああ、そうだったな」


 どうやらダグラスはこちらに乗ってくれるようだ。


「お前……!」


 キャサリンがわたしを見て、こちらに敵意を向けてきた。じっくりとキャサリンを観察する。はちみつ色の髪は奇麗に結われており、ドレスもとても豪奢だ。顔立ちも悪くはないが、誰もが美人だと思うものではない。


 貴族令嬢としたら、いたって普通。


 しかも、今は感情が高ぶっており、百年の恋も冷めてしまうほど感情を剥き出しにした醜い顔をしている。わたしよりも10歳年上の王妃であるが、こうしてきちんと会うのは初めてだった。ぴりぴりした空気に合わないほど優雅に膝を折り挨拶をする。


「初めまして。アデラインですわ」

「邪魔よ。出ておいき!」

「うふふ、挨拶もできないなんてお気の毒です。もしかしたら、ご病気かしら?」


 これ以上、油を注いでくれるなというような視線を宰相から向けられるが、知ったことではない。キャサリンやその他の人を気にすることなく、レオ-ルに近づいた。


「突然、レオ-ルが呼び出されて驚きました」

「私が呼び出したわけではない」


 ダグラスの呟きを聞きながら、そっとレオ-ルの手を取ると握りしめた。本当は抱きしめてあげたかったけど、それは部屋に戻ってからだ。励ますように肩を優しくとんとんと叩くと、少しだけレオ-ルの力が抜ける。


「その子供は役立たずなのだから、王族から除籍するのは当然でしょう」


 キャサリンが憎々し気にわたしを睨みながら噛みつく。首を傾げ、キャサリンとその後ろの二人をじっと見つめた。


「よくわからないのですが?レオ-ルはダグラス様のお子でしょう?これほど王族に相応しい理由はないと思いますが」

「道具として嫁いできた王女にはわからないでしょうね。役立たずは王族に不要よ」


 道具、と見下されてアレックス達三人の護衛が瞬時に殺気を帯びた。笑ってしまうと思っていたのはどうやらわたしだけみたいだ。アレックスに視線をやり、三人の気持ちを抑える。


 三人へ向けていた視線をダグラスに戻し、後ろの二人が誰なのか尋ねた。ダグラスは表情なく紹介した。


「ローレング辺境伯とその令嬢だ。令嬢はレオ-ルの婚約者でもある」

「お初にお目にかかります。セドリック・ローレンング辺境伯です。これが娘のライラです」


 ローレング辺境伯。

 昨日聞いたばかりの名前だ。注意深く彼の魔力を見てみたが、何とも言い難かった。というのは、とても王家に嫁がせるだけの力がないからだ。父親がこれなら娘もたかが知れている。


 どうなっているのかしら?


 こんな縁談、はっきり言ってあり得ない。例え魔術が発動しなくてもレオ-ルの魔力は随一で子供を作るにしてもレオ-ル以上の魔力を持った相手でないと無理だ。ここで言えば、わたしとか。ちらりとキャサリンにも目を向けたが、こちらも少しおかしい感じがした。魔力の色が濁っているように見えたのだ。

 王妃なのだから、それなりの魔力があるのはわかる。


 だけど、この奇妙な感じは何だろう?


 考え込んでいるうちに、ライラは一歩前に出てきた。不思議に思い、両手を胸の前に握りしめている少女を見つめた。黒髪に緑の瞳をした令嬢らしい、つんとした少女だ。少しきつい顔立ちをしているが、大きくなればそれなりに美人にはなりそうだ。気が強そうなので、万人受けはしそうにはないが。


「お願いします。アデライン様からも陛下にお願いしてもらえませんか」

「何をかしら?」

「わたしは能無しと結婚はしたくはありません」


 能無し。


 ぴきっと血管が怒りのあまりに切れるかと思った。可愛いレオ-ルに何という暴言を吐くんだ。感情を押し殺すために、ぐっと手にしていた扇子を握りしめる。扇子から少しきしんだ音がした。


「まあ……そうですわね。あなたは釣り合いませんね」


 レオ-ルの体が硬くなるのを感じながら、言葉を紡ぐ。こんな女、可愛いレオ-ルには似合うわけがない。むかむかしながらも、ふといい考えが浮かんだ。思わず、にっこりとほほ笑んだ。


「そうですよね!わたしにこんな無能は……」

「貴女ではレオ-ルと魔力量が釣り合わないから、子など望めませんもの。しかも、無知で傲慢で。王族にも相応しくありませんわ」


 毒の内容に気が付かなかったのか、ぽかんとした間抜けな顔になる。ダグラスににっと笑って見せた。ちょっとダグラスの顔が引きつる。無表情が少し崩れて面白い。


「わたしも彼女とレオ-ルの結婚には反対です。こんな中身のない小娘と結婚させたくないですもの。婚約破棄でよろしいのでは?」

「な……!」


 侮辱されたのがようやくわかったのか、ライラが顔を真っ赤にする。ふるふると震えているのは怒りのためか。


「この婚約が破棄されれば、レオ-ル様は王族を放逐されますが」


 どうしたものかと、のんびりとした様子でローレンング辺境伯が口を挟んだ。


「何故?」

「レオ-ル様には我が一族の後ろ盾があったから生きてこられた。それがなくなれば」


 自分が優位だと思っている物言いに、可笑しすぎて思わず声を立てて笑った。

 なるほど。

 ローレング辺境伯の娘がレオ-ルと婚約を結べたのはレオ-ルの立場の悪さ故だと理解した。


「うふふ、面白いことを言うのね。誰にものを言っているのかしら?」


 笑いを止めるのに苦労しながらも、ローレング辺境伯を鋭く見る。ローレンング辺境伯が息を飲むのが分かった。


「そんなにレオ-ルがいらないのなら、わたしが貰うわ。ダグラス様、いいでしょう?」


 咄嗟に理解できなかったのか、沈黙が訪れた。




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