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 青い薔薇と一緒に贈られた薄い青色を基調に濃淡をつけた華やかでいて清楚なドレスを見て、思わず眉を寄せた。いつものようにダグラスからの贈り物だ。今朝、ダグラスを部屋から見送った後、届いた。青い薔薇はここしばらく毎日のように届けられているから特に珍しいことではないけど、問題はこのドレスと伝言だ。


 一言、王宮の庭園を散歩しよう、と。


「ねえ、どういうことなのかしら?」

「そのままなのでは?」


 サラの言葉に唇を尖らせた。サラは箱を次々と開けていく。ドレスに合わせた靴に、手袋、そして宝飾品。どれもこれも素晴らしい一品だ。


「これを」


 そっと差し出された箱を手にして、蓋を開けた。中には見事な耳飾りと首飾りが入っていた。そっとつまんで日にかざすと、とても純度の高い魔石であることが分かる。


「これ、陛下の色よね」


 純度の高い宝飾品はすべてダグラスの作った魔石が使われていた。大きさもあり、普通の宝石とは存在感が違う。

 ダグラスの色を全身纏い、不特定多数の人がいる王宮の庭園など散歩に出たら大変なことになる。ダグラスの寵愛を知らぬ者もいないほどになるだろう。

 どうしようかと、天井を仰いだ。


「そういえば、アデライン様は陛下に魔石を贈られていませんね」

「婚約期間がなかったから」


 自分が作った魔石を婚約者と交換してお守りにする。そんな習慣があるのだが、婚約期間などほぼないので、交換などしていなかった。サラは丁寧に宝飾品を片付けながら、頷いた。


「その代わりなのでは?」

「えー、こんな派手なものを常にしているの?」

「一つだけ身に着けるのはどうでしょう?」


 普段つけるには少し華やかすぎると勧めたサラも思ったのか、やや困ったような顔をしている。


「昼に陛下との王宮の庭園散策……アデライン様が健やかであることを示すためでは?」


 二人を見ていたアレックスが少し考えるように言う。その言葉がよく理解できなかった。


「健やか?」

「王宮では王妃様がアデライン様を殺してやると散々騒いでいます。すでに4ヵ月以上経っているのに、後宮から姿を現さないのはもしかしたら、というような憶測に繋がります」

「妥当なところね」

「陛下の色を纏ったアデライン様が仲睦まじい様子で陛下にエスコートされたら、噂は打ち消されます」

 

 まったくその通りで、反論の余地がない。となると、このいかにもダグラスだという色のドレスを着ることは決定事項だ。


「……わたしからも陛下に魔石を贈った方がいいのかしら?」

「できれば、これ以上ない最上級のものを用意した方がいいかと思います」


 アレックスの助言にため息をついた。


「面倒だわ」

「この国の貴族たちに実力を示すいい機会です」

「だから、それが面倒だわ」


 目の色を変えてすり寄ってくる未来しか予想できない。若干、憂鬱になりながらもサラに今までに作った魔石を持ってくるように告げる。お互いの魔石を身に着ける周囲への効果は流石に無視できなかった。


「何がいいかしら?」


 ジェイドには10歳の誕生日に腕輪を交換した。お互いの魔石をひとつづつ嵌めこんだものだ。この国に来た時に宝石箱に片づけたが、まだ大切に持っている。そう考えると、ダグラスに腕輪を上げる気持ちはなくなった。同じものは贈りたくない。


「指輪のような形の物を鎖に通して首から下げてもらってはどうですか?枠を作るのに、少し時間がかかってしまいますが」


 サラはこちらの気持ちを慮ってそう提案してくる。


「首飾りね。うん、いいかも」


 大きな魔石を一つ二つの輪の中に閉じ込めるようにして鎖を通したらいいだろう。大ぶりな意匠ならダグラスの美貌にも負けないはずだ。

 ダグラスの首に下げられた自分の魔石を想像し、少しだけもやっとする。


「どうしました?」


 サラが怪訝そうに聞いてきた。


「ううん、何でもない」


 そう、何でもない。気持ちの伴わないこれは、儀礼的なものだ。ジェイドに贈った過去を思い出し、そう納得させる。ジェイドには心を込めて魔石を作り、あれこれと意匠を考えた。今回は側室とはいえ、夫になったダグラスに形式的に送るだけ。魔石も心を込めてというよりも、周囲に侮られないように全力で用意するだけだ。


 そのうちこっそりと渡せばいい。そう自分に納得させる。

 そして、ジェイドに対する気持ちとは全く違うことに思い至ると落ち着いた気分に戻った。


******


 昼間の庭園は明るく開けていて、夜に見るよりも力強さを感じる。ゆったりとダグラスにエスコートされて、王宮の開けたところにある庭園に向かう。

 もちろん、身に纏っているのはダグラスから贈られたドレスだ。すべてがダグラスの色なんて、とても恥ずかしいから、装飾品だけはつけてこなかった。迎えに来たダグラスに着けるように言われるかと思ったが、彼は何も言わなかった。ドレスを着ただけ、良しとしたようだ。それなら装飾品を付けて、ドレスは手持ちにしてもよかったかもと今更にように選択を後悔した。やはりドレスは目立つのだ。あちらこちらから不躾な視線を感じる。


「どうした?」


 ダグラスが無口になったわたしに気が付いて足を止めた。困ったようにダグラスを見上げ、ちょっと笑みを浮かべた。


「こんなにも注目されていると思わなくて」

「ああ。貴女が外にいるのが珍しいからな」


 陰に隠れながらもこちらをちらちらと気にしている人たちをぐるりと見回し、ダグラスは意地悪そうに笑った。そして彼はちょっと身をかがめ、誰にも聞かれないようにわたしに囁く。


「キャサリンが殺すと大騒ぎしていたから、貴女が五体満足でいるか知りたいだけだ」

「……やはりそれが理由ですか」


 諦めたようなため息を漏らした。アレックスが予想した通りで、力が抜ける。夜会に出ろと言われるよりはマシだと思うことにした。


「それに」


 ダグラスは囁きながら、髪を手に取り弄ぶ。何だかとても苦手な雰囲気だな、と警戒しながら体を引こうとした。だけど、腰に回された腕に阻まれ、離れることができない。ちゅっとリップ音を立てて頬に唇が落ちた。


「どの程度、貴女がわたしに寵愛されているかも知りたいのだろう」

「陛下」


 人前で恥ずかしげもなく口付けされ、否応なく頬が染まる。文句を言おうと口を開くが、そこにさらに唇で塞がれてしまった。やりすりだ!と叫びたいが、物理的に口を塞がれてしまって無理だ。


「さて、文句は東屋で聞こうか」


 真っ赤に染まったわたしとは違い、余裕の顔で庭園の奥にある東屋へと連れていかれた。


***


 ダグラスに案内された東屋はこじんまりとしていて、長椅子と小さな丸いテーブルが置いてあるだけだった。事前に知らされていたのか、長椅子には心地の良いクッションが置かれており、テーブルにはティーセットが用意されている。


「申し訳ない」

「……謝罪の前に説明をお願いします」


 ダグラスがゆったりと座ると、おもむろに謝罪する。その言葉だけでも、昼間にダグラスのエスコートで王宮の庭園に来た理由が碌でもないと判断できた。わたしが五体満足だとか寵愛だとか、それはついでであって、ちゃんと別に目的があるのだ。

 ダグラスは蕩けるような笑みを浮かべて、わたしの手を取った。いくら周りに見せるためとはいえ、やりすぎの笑顔。こそこそと陰から見ているだろう人たちがどう判断するのか、想像するも恐ろしい。


「先ほど説明したのも理由の一つだが……謝罪しなければならないことは貴女を囮にしたことだ」

「はい?」

「貴女はなかなか後宮から出ないのでな。顔も知られていないようで、よからぬ輩が集められなかったのだ。なので、こうして外に出てもらった」


 ダグラスの天気を話すような軽い話し方に唖然としながら黙って聞いていた。


「これだけ仲のいいところを見せつけたのだ。奴らも気合を入れて暗殺者を送ってくるはずだ」

「気合を入れて……」

「ああ、心配はいらない。後宮にはすでに暗部の者も配している」


 呆然とダグラスを見つめていたが、ダグラスは悪戯を披露するように少し得意げな笑みを浮かべて握っていたわたしの手を引っ張った。引っ張られて彼の腕の中に入ると、ちくりと右耳に小さな痛みが走る。慌てて耳に手をやると、大きな魔石に触れた。どうやら耳飾りをつけるために穴を開けたようだ。魔術で簡単に開けられるとはいえ、その強引さに戸惑う。


「奇麗だ。よく似合う」


 ダグラスは満足そうに頷く。そして、対になる耳飾りをわたしの手のひらに乗せた。小指の詰めの大きさほどの透き通った純度の高い蒼。どこまでも果てのない空の色だ。先に貰っていた宝飾品と同じ魔石だ。


「これは……陛下が作られた魔石ですか?」

「ああ。本当ならば婚約した時に交換するが、私たちには婚約期間がなく交換できなかったから。これを私に付けて欲しい」

「ですが」


 持たされた耳飾りに狼狽えた。一つの耳飾りを男女で共有することは最愛の人という意味だ。ダグラスには王妃がいるのに、側室であるわたしとそのような意味合いの耳飾りをするのは普通の貴族がするのとはわけが違う。百歩譲って、わたしが王妃であるならまだいいのだが。

 わたしの躊躇いにダグラスは頓着しなかった。わたしに耳飾りを持たせたまま、自分で魔術を展開し、簡単に己の左耳に付ける。


「陛下」


 咎めるように呼べば、ダグラスは目を細めた。


「ダグラスと。名前を呼んでほしい」

「それは」

「ダグラスだ」


 じっと見つめられ、これは引かないだろうなとため息が漏れる。ダグラスに嫁いだし、子だってちゃんと何人も産む。だけど、こういう親密さはいらない。


「名前は呼びません。お忘れかもしれないですが、わたしは陛下を嫌っていたいのです」

「そうだったな。それでも名前を呼んでくれてもいいだろう?」


 全然、話を聞かない。


 若干イラっとしながら、ダグラスを睨んだ。どこか揶揄うような表情をしているダグラスに更なるイライラが募る。


「陛下、わたしは」


 ぱきん。


 甲高い音が響いた。驚いて、音の原因を探すが、よくわからない。ダグラスは慌てるわたしと違って落ち着いていた。


「さて、今日はここまでだな」

「今の音、なんです?」

「……わからないか?」


 ダグラスの問いかけに、視線を色々なところへ向ける。そして、先日感じた違和感が空から感じられた。


「あれは……結界?」

「そうだ。結界が割れたんだ」


 ダグラスは何でもないことのように答えた。 

 



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