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「わたしに、ですか?」


 差し出された花束に、思わず聞いてしまう。薄い水色と白の花に濃い青い薔薇をあしらった花束を抱えたダグラスはとても絵になる。青い薔薇と同じ深い青い瞳が細められた。


「ああ。ちょうど、庭に咲いたのでな」


 そっけない言葉であったが特に気にならなかった。じっとその青い薔薇を見つめていた。だって青い薔薇はとても大好きな花だから。大好きな人に貰った最初の薔薇がこの青い薔薇だった。


「この国ではこの青い薔薇は育ちにくい。王のみが入れる庭があるのだが、そこだけに咲いている花だ」

「……嬉しいです」


 差し出された花束をそっと受け取る。久しぶりに見た青い薔薇はとても奇麗で、優しい香りを漂わせた。幸せだった時間を思い出す。こんなことはダメだと分かっているけど、気持ちはどんどん過去に引きずられていく。そんなわたしを引き戻したのはダグラスの声だった。


「それほど喜んでもらえるなら……今から庭を見に行くか?」

「でも、今、王だけが入れると」

「私が一緒に行くのなら問題ない」


 そう言ってぐっと腰を引き寄せられた。驚いてダグラスを見上げると、彼は涼しい顔をしている。渡したばかりの花束をわたしから取り上げると、サラに渡してしまう。


「あの、後宮から出ても大丈夫なのですか?」

「何故?」


 いや、何故って……。わたし、王妃に命を狙われていませんでしたか?

 追加の護衛が来るまで後宮を出るなと言っていたのは誰?


「心配ない。私の護衛もつれていくし、貴女の護衛も一緒に行けばいい」

「……わかりました。結界を張ります」


 ふわりと自分とダグラスが入るように結界を作る。ダグラスは目を細めた。


「簡単に結界を作るのだな」

「当然です。どれだけ死ぬ思いで鍛錬したと思っているのです?」


 当時を思い出して、眉間に皺が寄る。わたしの上には優秀な兄が二人もいる。しかも年が離れているから、できる内容にも差があっても当然なのだが。何故か、兄と同じ内容を組み込まれていた。当然、兄よりもできない。

 上手にできないわたしが癇癪を起すたびに、宥める兄達。できないところを優しく教えてくれもする。

 一見、優しい兄だと思うだろう。

 だけど、わたしは知っている。兄達がわたしを宥めながらも、涙目で癇癪を起した顔が可愛いと呟いていたことを。それを知ってから、宥められるたびに足を踏みにじった。


「あれだけ王族がいるのに」

「逆です。現在の直系王族が途絶えても変わらないようにすべての王族に鍛錬は課せられています」

「そうなのか」


 ダグラスは少しだけ寂しそうに呟いた。今、ダグラスが倒れればこの国は支えることができない。相当の圧力があるはずだ。

 ふとそこに思い至って、思わずまじまじとダグラスを見つめた。


 いつも疲れているような顔。


 もしかしたら、思っている以上に負担が大きいのかもしれない。


 一人しかいない結界を張ることのできる王族。

 いつまでも生まれない後継者。


 執務なら優秀な部下をそろえればいい。国内にいなければ外から連れてくればいい。だけど、王族だけはそれほど簡単ではない。

 一人で立つ心の負担はどれほどのものか。

 わたしの代わりはいくらでもいると言えるのはとても幸せなことなのだと思い知った。きっとルアーディズ王国にいたら、知ることのない感情だ。


「陛下」

「なんだ?」

「わたしが輿入れしたのです。少しばかりわたしが結界を肩代わりしても問題ありません」


 特別にダグラスが好きなわけじゃない。ここへ来る経緯を考えれば嫌いだ。わたしの幸せを壊した人。青い薔薇だって、奇麗な思い出はすべてジェイドに繋がっている。

 だけど、王族であるのにできることをしないで、他人事のようにダグラスが一人で国を支えていくのをただ見ているのは気が咎めた。一人しか残っていない王族は彼の責任ではないし、わたしも王族としての義務を理解している。究極に考えれば、婚約白紙だってダグラスのせいばかりではない。……納得しないけど。

 政略結婚だから、好きとか嫌いとかの問題じゃないはず。好きでなくても、協力は必要だろう。わたしがここにいる限り、わたしの子供たちの国になるのだ。

 ダグラスは柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。少し気が楽になる」

「……少しですか?わたしは歴代のルアーディズ王国の中でもかなり優秀なんですが」


 大船に乗ったつもりでいてください、と呟くと、ダグラスは弾けるように笑った。

 その屈託のない笑みに思わず見入った。いつも人形のように硬い表情でいるから、それ以外の表情を見せられて驚いてしまう。


 この人、こんな風に笑えるんだ。


 初めてダグラスを見たような気がした。


***


 見事。

 

 その一言しか思い浮かばないほど、美しさと華やかさ、儚さを持った庭だった。王だけの庭と謳うだけあって、さほど大きくはないものの、色とりどりの花が咲き乱れている。存在感のある花ばかりではなく、そっと側に寄り添うように小さな花たちも咲いていた。青い薔薇も美しく咲き誇っている。


「この国では育ちにくい花ばかりを集めているんだ。元々は母上の趣味だ」

「だから青い薔薇もあるんですね」


 東屋に置いてある長椅子に座りうっとりと花々に見とれていると、ダグラスがすっぽりと包むように抱きしめてきた。


「アデライン」

「陛下?」


 耳元で囁かれて、少し顔を赤くした。どうも耳元で囁かれると閨を思い出してしまい落ち着かない。離れようと体を揺らした。


「このまま黙って聞いてほしい」

「あの?」


 美しい庭で抱きしめられている、とても雰囲気ある状況であるが、ダグラスの声はどこか固い。


「レオ-ルの事、ありがとう。もう他に頼るところがなかった」


 レオ-ルと聞いて、動きを止めた。ぎゅっとダグラスの胸に当てた手を握る。


「あれの母親はキャサリンの姉だ」


 キャサリンの姉?


 初めて聞く内容に首を傾げた。

 キャサリンとは大恋愛の末の結婚だったのでは?


 なんとなく話の方向性が見えず、黙ってダグラスの言葉を待つ。


「キャサリンの姉……クレアは元々私の婚約者で、子ができたからようやく婚姻となるところだった」


 子ができにくいから、子を産んだ令嬢と婚姻する。

 とても合理的な話。

 恋愛全開の王族だと思っていたが、ダグラスは普通の政略結婚だったようだ。


「だが、早産の上、難産でレオ-ルは助かったが彼女は助からなかった」


 ぽつりと説明するダグラスに頭が忙しく回転する。少しだけ体を離すと、ダグラスを見上げた。ダグラスの瞳はとても無機質で感情が抜け落ちていた。仮面のような表情に思わず息を飲んだ。


 出産で亡くなった元婚約者に王妃になったその妹。


 確か、キース達が仕入れてきた情報ではダグラスとキャサリンは大恋愛だったはず。元々、キャサリンとダグラスが恋仲で愛し合っていた。だけど魔力が姉の方が多かったため、キャサリンは国のために身を引いた。ところが、姉が出産後、死んでしまったため、残された姉の子の母になりダグラスを支えるという感じだった。


 こうして現実と照らし合わせてみれば、誰かに書かれたような話だ。恐らく王妃になったのが姉ではなく妹だということが醜聞になるのを恐れて、人々が好みそうな話を作り上げたのだろう。そうでなくては、ダグラスの表情を説明できない。もっとも、死んですぐにその妹と結婚するのもどうかと思うが。


「後継者がいるのに……何故、他国の王女との婚姻を望んだんですか?」

「レオ-ルは魔力を持っていても、魔術を発動できないからだ」

 

 静かに告げられた言葉に思わず固まった。


「どういうことでしょう?」

「そのままだ。魔力は私と同じくらいあるのはわかっている。魔術師長や研究者たちにも見せたが、全く発動することができなかった。発動できなければ、いくら魔力が多くても結界は張れない」


 沈鬱に呟くダグラスに、思わずため息を漏らした。

 その状態は知っている。魔力の多い王族にはよくある話だ。だが、この国では王族自体が少ないから、きっとこの状態になった者がいなかったのだろう。もちろん、適切な訓練で解消することはできる。


「レオ-ルは10歳。5歳まではキャサリンも世話をしていた。だが、いつになってもレオ-ルは魔術を使えず、キャサリンを筆頭に上位貴族たちがレオ-ルの王族除籍を求めてきた。これ以上は庇いきれないところまできていたんだ」

「そうでしたの」


 そういうことであれば、余計なことは言わない方がいい。何も知らない状態の方がダグラスの心の負担もないはずだ。


「本来、責められるべきなのはキャサリンだ。レオ-ルを守り、母になると涙ながらに語って王妃の座に就いたのだから。しかも、姉が子を成せたのだからと、妹であるキャサリンは魔力量もろくに調べさせずに王妃になった。廃されるべきはレオ-ルではなく、キャサリンだ。レオ-ルは王族としての役割を果たせなくとも、私の息子だ」


 涙ながらに語るなんて、びっくりだ。キャサリンとは大恋愛、と思っていたけどこの話だと弱った心に付け入ったゴリ押しじゃない。しかも、ダグラスにはキャサリンに対する恋情はなさそうだ。キャサリンはどうだろう?王妃の座が欲しかったのか、ダグラスに恋い焦がれていたのか。話したこともないから、よくわからない。


「……レオ-ルはわたしが責任を持ちますわ」


 そっとダグラスの望む言葉を告げる。

 レオ-ルは嫌いじゃないし、あの自信なさげに立っているところを見ると放っておけない。単純に同情からだけど、それでレオ-ルが今よりも幸せを感じられるのなら、それでもいいと思っている。


 だから自然とそんな言葉を口にした。


 ダグラスは一度口を開きかけたが言葉にならず、何かを堪えるように目を閉ざした。ぎゅっと強く抱き寄せられ、力を抜いて体を預けた。

 下からダグラスをそっと覗くと今にも泣きそうに見えて、視線を庭の方に向けた。花たちがこちらを見て心配しているかのように揺れていた。




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