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 最後は呆気なかった。


 元々、キャサリンに対する不信感はわたしが嫁ぐ前からくすぶっていた。10年も子ができないのに、側室も認めず、離縁も認めず。わたしが嫁いでからは、殺してやるのなんのと口汚く罵っているのを王城で派手にやらかしていたので、皆が知るところなっていた。


 もちろん、キャサリンが王家に嫁げるほどの魔力がないことは公にはなっていない。だが、あれだけの騒ぎだ。大抵の貴族は知っており、廃妃とするようにと進言が多かった。ダグラスが断ずる前に、侯爵家はキャサリンの療養を理由に王妃の座を下ろす決断をした。侯爵家がキャサリンともども処罰になる前に王妃であるキャサリンにすべてを被せて切り捨てたのだ。キャサリンの実父は公爵を引退し、遠戚の者が継承した。キャサリンは離縁という形ではなく王妃を辞したので、離宮へと封じられた。


「ダグラス様は優しいですね」


 ダグラスの説明を聞いてぽつりと呟いた。

 だからこそ、キャサリンが10年にもわたり子ができなくても確認をしなかった。もっと早く他国へ打診していたら、わたしではなく帝国にいるもっとダグラスと年の近い従姉妹の誰かに白羽の矢が立ったはずだ。


「貴女には納得のできないこともあるだろう。だが、王妃がいない今、貴女には王妃を継いでもらおうと思う」

「王妃?」


 思わぬ打診に、眉間に皺が寄った。


「今すぐにとは言わない。子が生まれたら王妃として私の隣に立ってもらいたい」


 じっと見つめられて、視線を落とした。間をどうにかしようと、テーブルに置いてあるカップを手にする。

 王妃になることはやぶさかではない。元々王女が他国の王に嫁いだのだ。普通のことではある。わたしならやっていけるだろう。


「何故、輿入れ時ではなかったのです?」


 ずっとひかかっていた。

 

 ダグラスとキャサリンが大恋愛の末に結婚したと聞いていた。それなのに、蓋を開けてみれば全くそのような感情もなく。

 キャサリンが執着したのは王妃という地位。

 ダグラスがキャサリンを廃そうと思ったらレオ-ルを抜きにしてもすぐにできたはずだ。先日のように皆の前で魔力が十分でないことを示せばいいだけなのだから。とても簡単なことだ。


 だからかもしれない。なんとなく釈然としない。


「貴女を愛している」

「はい?」


 今度こそ固まった。何を言い出すんだ、この人は。

 ダグラスは少し愉快そうに眼を細めた。


「貴女を欲しいと思ったのは10年前だ」

「10年前」


 ダグラスの言葉をオウム返しにするがそれ以上の言葉が出なかった。


「丁度、クレアの……レオ-ルの母の妊娠が分かった時だった。貴女は帝国へ来ていた」

「ちょっと待ってください。わたしは会った覚えが……」


 ないはず。


 10年前の帝国と聞いて、思い出そうとするがやはりダグラスに会った覚えはない。これほどの美貌の青年だ。まだ幼かったからと言って、全く覚えていないなんて思えない。


「覚えていなくても仕方がない。今とはだいぶ感じが変わったからな。だが、貴女を手に入れるにはすぐには無理だった」


 ダグラスはそこで言葉を切ると、カップに残っている温いお茶を飲み干した。


「愛してもらわなくてもいい。貴女の幸せを壊したのだから、嫌われても構わない。もっと言えば、憎まれてもいいと思っている。だが、貴女は私のものになった」

「……」


 何も言えず、ただただダグラスを凝視した。ダグラスも返事を期待していなかったのか、そのまま続ける。


「心は手に入らないかもしれない。だがその他はすべて手に入った。嫌いという感情は愛情以上に努力しないと継続できない。常に私に感情が向けられているから満足だ」


 言いたいことだけ言うと、どこか粘着質な蕩けるような笑みを浮かべてダグラスはそっとわたしの頬を撫でた。そして、そのまま部屋を後にした。残されたわたしは呆然として座っていることしかできなかった。


「アデライン様」


 どのくらいそうしていたのだろうか。遠慮がちにサラが声を掛けてくる。いつの間にか、新しいお茶が入れられていた。


「どうなされました?」

「ダグラス様が」


 混乱する頭で、サラにぽつりと呟いた。


「ダグラス様がわたしのことを10年前から知っていたと」

「10年前ですか?」


 驚いたように声を上げるが、サラはすぐに納得した。


「もしかしたら、帝国であった式典かもしれませんね」

「式典?」

「はい。覚えていませんでしょうか?帝国の立太子の儀です」


 立太子の儀、と言われて、母と共に祝辞を述べたことを思い出した。だが、その時にダグラスに会っていない。


「アデライン様は飽きてしまわれて式典を抜け出し、市井に遊びに行ったのは覚えていますか?」

「もしかしたらあのとき一緒にいたお兄さま?」


 市井に遊びに行ったと言われて、記憶が一気に蘇った。


 薔薇園へ行ったこと、その後市井のお祭りに行ったこと。


 サラはその後に連れ出された市井のお祭りのことを言っているのだ。薔薇園のことは確かにお母さま以外の誰にも言っていなかったと思う。想像していたのと違うということもあって、誰にも話す気にもなれなかったのだ。 

 青い薔薇の中に一凛だけ紫の薔薇が咲くと聞いて、どうしても見たかった。抜け出したところに親切な他国のお兄さまに出会ってお母さまに許可を貰ってから連れて行ってもらった。


 でもその薔薇園にあったのは、透明感のある濃い青薔薇の中にある薄い紫の薔薇。


 想像していたのは、ジェイドの贈ってくれた少し薄い青い薔薇の中に自分の瞳の色の紫の薔薇だ。ジェイドの贈ってくれた薔薇の色と違ってがっかりしたのを覚えている。


 そして。


『私の色の中に君がいるんだね』


 その時に揶揄いがちに言われた言葉を思い出し、顔が赤くなるのが分かった。


「だけど、今のダグラス様とちょっと違う感じだったわ」

「10年も経てば記憶もあいまいですし、王になったら今まで通りにはいかなかったのでは」


 そうかもと納得した。


 あら?


 気が付いていけないことに気が付いてしまった。そしてすべてが鮮やかに繋がってくる。


 10年もキャサリンを放置していた理由。

 他国の適齢期の王女がいなくなる時期とキャサリンを簡単に廃せる時期、それにわたしの結婚の時期。


「……気にしすぎだわ」


 でも、ダグラスは言ったではないか。


 心以外はすべて手に入れたかったと。

 今のわたしにはダグラスの子を産まないという選択肢はない。王女として育ったわたしが国を乱すことはない。

 そして、何よりも。


 無関心でいられるよりも憎まれていた方が、嫌われていた方がいい。


 そんな思いを彼の瞳が告げていた。憎しみも愛情も同じだととろりとした笑顔で言い切るダグラス。その笑顔を思い出し、この考えは決して間違っていないと確信した。


「信じられない」


 幸せだったジェイドとの時間、壊された未来。あと少しで手にできる幸せな未来を直前で壊された。


 残ったのは王女としての務め。


 体が震えた。

 その震えが怒りなのか、絶望なのか。


 よくわからなかった。



******



 レオ-ルは結局帝国貴族になることはなく、ダグラスが亡くなった後、即位した。ちょうど、レオ-ルが30歳を迎えた後のことだった。50歳になっていたダグラスもぎりぎりまで国の結界を守るために頑張っていたが、長い年月、一人で維持していたことによる無理がたたり、半年前、病を得るとあっという間に亡くなった。


 わたしはダグラスが亡くなるまでの20年の間に5人の子供を儲けた。王子が3人に、王女が2人。10年前に末の子供を産んでから、わたしは体調を崩した。出産は魔力の消耗が激しいものなのに時間を置かずに立て続けに妊娠したこと、末の子供は男女の双子だったため魔力の高いわたしでもぎりぎりであったこと。命があっただけでも奇跡だと侍医は言っていた。


 体調を崩してから王妃として表に立つことはなくなった。あれだけ王族の者を産んだのだ。王妃として公務を行っていなくとも、誰も文句は言わない。表には立たないが、ダグラスと共に結界に力を注ぐことで役割を果たしていた。

 もっとも、結界を維持しているがために寝台から出られなくなったと言ってもいいくらいだが、存在意義がこれであるのだから仕方がない。ダグラスが亡くなった後、この半年は子供たちの補助があると言えどもほぼ一人で維持し続けている。子供たちはダグラスが亡くなったので、新しい結界を構築する仕事があった。そのため、ダグラスの作った結界維持に時間がほとんど取れなかった。


 毎日一人で維持しているのは、苦しくはないが、徐々に力が抜けていくのを感じる。気を抜いたらすぐにでも結界が壊れてしまいそうだ。これをダグラスはずっと一人でやっていたのかと、思うこともあった。

 ダグラスは確かにわたしの幸せを壊したが、そうしてまでも縋りたかった何かがあったのかもしれない。この年になって、ダグラスがいなくなってようやくそう思えるようになってきた。


 わたしはなんだかんだとすべての苦しさをダグラスのせいにできたのだから、やはりダグラスにはとても大切にされていたんだろう。目を閉じれば、少しだけ笑うダグラスが浮かんでくる。無意識に右耳にあるダグラスの魔石を触った。


 さっさと死んでしまうなんて。


 どうせなら、一緒に年老いていきたかった。わたしの最後まで付き合う義務があったはずなのに。

 結局、幸せだったかもよくわからなかった。輝いた時間は嫁ぐまでの祖国での時間だけであったし、それなりの長い時間をダグラスと一緒にいたけど、今だって嫌いだった気持ちに変わりはない。分け合うつもりで用意した耳飾りも最後まで渡すことができなかった。


 ああ、でも。


「義母上」


 寝台で休んでいると、レオ-ルが静かにやってきた。わたしが起きているときにこの部屋へ訪れるのは、王になって初めてのことだった。いつも顔を見せに来るのは夜遅くわたしが寝ているときなのだ。

 黒を基調にした執務服を着たレオ-ルをまじまじと眺める。


「嫌になるわね。ますますダグラス様に似て」


 やってきたレオ-ルは嫁いできたころのダグラスに瓜二つだった。しんみりとダグラスのことを思っていたところにさらに余計な記憶を刺激され、ため息をついた。


「母上の父上嫌いは知っていますけど、それを義兄上に言うのもどうかと思いますよ」


 遠慮なく言葉を投げつけてくれるのは、第二王子であるオズワルドだ。いつの間にか部屋に入っていた。オズワルドも恐ろしいほどダグラスに似ていた。ダグラスに似ているということはレオ-ルともよく似ているのだ。つい、同じころのレオ-ルと比べてしまう。


「レオ-ルはすごく可愛かったわよ」

「仕方がないです。俺には母上の血が入っているので」

「それもそうね」


 納得して頷くとじっと二人を見つめた。視力もすっかり落ちてしまっているため、少しぼやけて見えた。よく似ているのに間違えないのはやはり母親だからかもしれない。


「それで?」

「ようやく落ち着きました」


 レオ-ルは寝台の傍らにある椅子に腰を下ろして、わたしと視線を合わせた。


「結界の構築、終わったの?」

「はい、終わりました」

「もう、ダグラス様の結界は必要ない?」


 ようやくこの日が来た。


 わたしの王女としての、王妃としての役目は終わりを迎える。

 ほっとした気持ちと共に目を閉ざした。力を徐々に抜くと、わたしの作った結界が薄くなっていく。わたしの結界を覆う様に張られていた新しい結界を感じた。

 この色はレオ-ルのものか。それともオズワルドのものか。

 どちらにしろ、ダグラスに似た透き通った蒼だ。


「とても奇麗ね。ダグラス様の色と同じだわ」


 振り払えないほどの眠気が襲ってくる。体も重く、少し寒い。でも嫌な感じではない。


 これでダグラスに会える。先に逝ってしまったことに対して、文句を言わねば。そして、お詫びに抱えきれないほどの青い薔薇を要求しよう。それぐらいは許されるはず。


 それから。


「義母上、ゆっくりお休みください」  

 

 レオ-ルの優しい声が遠くに聞こえた。オズワルドの声もするが、もう言葉は聞き取れない。


 それから、ダグラスに告げるのだ。


 あなたを大嫌いから嫌いくらいになる程度には好きになれたわ、と。

 わたしは幸せを感じることはできなかったけど、幸せを拾うことができたんだろう、と。


Fin.




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。これで本編は完了です。

思っていた以上の方に読んでいただけて、驚いています。意外と嬉しいものですね

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