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 思い描くような状況を作るのは実は大変なんだとぼんやりと思った。


 早く終わらないかな、と前に目を向けるが、終わる気配がない。横にいるレオ-ルにも視線を向けた。彼も無表情に立ち尽くしている。

 わたしとしては、沢山の人の目の前でレオ-ルを貶めるキャサリン達にレオ-ルの魔術を派手に見せつける予定だった。なのに、後宮から出てきたところを突撃してきたキャサリンが食って掛かったのはダグラスで、レオ-ルには何も言わない。そこにいない者として扱っているのか、目もくれない。ちなみにここは王宮にある魔術師団のある建屋に続く廊下だ。立ち入り制限がされているとはいえ、そこそこの地位の人たちは通ることができる。


 というか、野次馬、増えていない?


 いい考えも浮かばないまま、仕方がなく成り行きを見守っていた。キャサリンが頭に響く甲高い声で叫んでいる。


「レオ-ルは王妃であるわたくしの元にいるべきですわ!」


 ダグラスは頭が痛いのか、眉間に皺を寄せながらキャサリンに反論した。


「今まで貴公らは、レオ-ルの王族に相応しくないと騒いでいったではないか。レオ-ルは王族籍を外し、アデラインの養子にしても問題ないだろう」


 ダグラスの言葉は一貫性がある。一貫性がないのはキャサリン達の方だ。

 詰め寄っているのはキャサリンとその実家のなんちゃら侯爵、そしてローレング辺境伯。


 こんなところで言い合いをしているなんて貴族が好みそうな醜聞なのだが、気が付いていないのか。


「ええ、問題ありませんわ。帝国貴族籍に入れた後、わたくしに預けるのであれば」


 笑わせてくれる。思わず鼻を鳴らしてしまった。

 別に帝国籍に入ったからと言ってレオ-ル自体が実権をすぐに握るわけじゃない。

 色々大変なのよ。養子に入るって。


「話にならない。何故、養子に入ったのに追い出した側の人間に預けないといけいないのだ。理解できない」


 ダグラスも少し気の毒だ。何度も何度も同じことを繰り返し説明している。だけど、キャサリンも同じ主張を繰り返している。いわゆる堂々巡りというやつだ。そろそろ、この輪を断ち切りましょうかね。


「ダグラス様。お話が長そうなので、今日は後宮に戻ってもよいでしょうか?」

「ああ、待たせてすまない。貴女には魔術師団長と会ってもらいたかったのだ」


 わざとらしい説明だが、まあ、これで察して欲しい。妊娠している側室のわたしがわざわざ魔術師団長に会いに行くのだ。それなりに何かしら問題があるからだと理解して欲しい。

 ダグラスが当然のように腰に手を回し、歩くようにと促す。

 だけど、キャサリンらは理解しなかった。

 やっぱりバカだ。


「お待ちなさい!大体、そんなにも早く妊娠するなんて、本当に陛下の子なの?」


 何を言っているんだ、この女。


 思わず足が止まった。


「貴女、ここに来る前に婚約者がいたそうじゃない。そちらの子なんでしょう!」


 表情が抜けた。感情が突き抜けた感じがある。ゆっくりと振り返りまっすぐにキャサリンを見た。怒りのあまりに魔力がかっと一気に溢れてしまったが、仕方がないだろう。

 愛している人との幸せを目前にして壊されてしまったのに、不貞を疑われるなんて。しかも、結婚間近であったが故に普通であれば必要でない純潔であるための儀式までやってきているのだ。それをこの国の上位貴族たちは知っている。


「な、何よ」


 わたしの魔力に気おされたのか、この場にいる人間の顔色が悪い。いつもならアレックスやキースあたりが止めに入ってくれるが、今日は入らない。どうやらこのまま放出し続けても、問題ないようだ。


 目を細め、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。


「王妃様。そもそも貴女がきちんと子を孕めれば、わたしは幸せな結婚ができましたのよ?」

「それは……」

「ねえ、王妃様。王妃様には王族に嫁げるだけの魔力がちゃんとあるのかしら?」


 場が静まった。

 キャサリンが固まっている。つ、とキャサリンの後ろにいる侯爵へと視線を向けた。


「どうなのかしら、侯爵?もし忘れてしまったというのなら、調べてあげましょうか?」

「その必要は」

「ありますよね?だってわたしは子ができたし、王妃様のお姉さまも子を成しています。10年も子ができないなんて、可笑しいと思いません?きっと皆も思っているはず」


 うふふと笑うと、ぐるりと廊下に視線を巡らせた。いつの間にかかなりの人たちが事態を見守っていた。文官だけでなく、武官や侍女たちも集まっていた。

 キャサリンはさっと顔色を悪くした。ようやく自分がどんなところで騒いでいるのか、気が付いたようだ。


「ダグラス様はどう思われます?こんな廊下で大騒ぎしているのです。変な噂になる前に、ここで王妃様には十分な魔力を持っているのだと証明した方がいいのではありませんか?」

「どのようにして調べるのだ?」


 ダグラスはどちらでもいいような態度だ。少し考えるふりをして、頬に手を当てた。


「そうですね。正確な数値は魔術師団でないとできませんけど。大抵の貴族たちが婚約する際に使っている簡易的な方法でよいのでは?ほら、お互いの許容量を確認するためにお互いに魔力を流し合うでしょう?」


 うわー、という何とも言えない顔をキースがした。一般的にはお互いの魔力の相性を見るために行われるが、祖国の騎士達はちょっと違う使い方をする。明らかに魔力量の多い上位者から下位者に対して、大量の魔力を流してその差を実感させるのだ。そして、回数を繰り返すことによって魔力の底上げもしていく。一種の訓練だ。


 受ける側に耐性がない場合は、非常に苦痛が伴うらしい。わたしが受け入れられない魔力などないから経験したことはないが、キースやグレンなどは何度も訓練で王族の魔力を受けさせられているからどのような状態になるのか、見て知っていた。


「大丈夫です。わたしが全力で魔力を流しても、王族の子を孕めるほどの魔力があるなら少し気分が悪い程度ですわ。レオ-ル」


 レオ-ルを手招きすると、手を握った。


「こうして、魔力を流し込めばいいだけです」


 そういって、今までにないほどの強い魔力をレオ-ルに流し込む。見ている方もそれなりの魔力を持っていれば、わたしの魔力の放出はわかるはずだ。

 レオ-ルは何度もわたしの魔力を受け入れているため、さほど苦も無く受け止める。予想以上に何も感じなかったのか、不思議そうに首を捻っていた。きっとこういう使い方を説明していないから、何のためにやっているのかわかっていないだろう。


「では、王妃様。わたしが行うのでは不満でしょうから、ダグラス様にお願いしますわね」

「仕方がない。手を出せ」


 ダグラスはキャサリンにため息をついて見せると、手を差し出した。キャサリンは固まってしまい、その手を取ろことができない。


「あら、どうなさったの?」


 意地悪く聞くと、キャサリンの体が大きく震えた。ダグラスはさっさと済ませてしまいたいのか、キャサリンの手を無理につかむ。


「大したことはないだろう。お前の正当性が証明されるだけだ。ここで拒否をすれば、それこそ調査をせねばならぬ」

「わたくしは」


 真っ青なのはキャサリンとその父親である侯爵。この流れで、真相がなんであるのか理解したローレング辺境伯も蒼白だ。欲だけでキャサリンなんかに肩入れするからこういうことになるのだ。さっさと婚約破棄に同意すればよかったものを。皆、適当なところで手を打てば地に落ちることもなかった。


「では、流す」


 ダグラスは無情にも一言言っただけで、キャサリンに魔力を流し込んだ。流れを見ている限り、暴力的な量ではなく、ほんの少しだけ上位貴族が持つはずの魔力よりも多い量だった。


 優しいわね。


 他人事のようにそれを見ていた。だが、流されたキャサリンは違ったようだ。悲鳴を上げながら、ダグラスの手を離そうとする。ダグラスはそれを冷静に見ながらも、手を離さずに流し続けた。


「ああああ……っ」


 キャサリンはとうとう耐え切れずに、流された魔力に体が崩れ落ちた。それを眺めてから、侯爵へと視線を向けた。


「もしかして王妃様はダグラス様を騙していらしたの?」

「……調査を行う。侯爵、万が一、キャサリンに王家に嫁げるほどの魔力がない場合は処分を覚悟せよ」


 呆然とへたり込むキャサリンと動けない二人を残して、ダグラスはわたしとレオ-ルを連れてその場を後にした。

 ダグラスのゆったりとした足取りについていきながら、なんだかモヤモヤしている気持ちを感じていた。気持ちの悪いもやもやに、つい呟いた。


「なんだろう、すっきりしない」

「レオ-ルの凄さを見せつけられなかったからか?」

「あら?」


 ダグラスに言われて、はたと思い返す。


 元々、後宮を出てきたのは一泡吹かせたかったからだ。なのに、怒りのあまりについうっかり忘れてしまった。


「嘘でしょう」


 それしか言葉が出なかった。



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