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バジリスク  作者: 余一
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応接室

予告があった小学校へは一時間程で着いた。都内でも有名な私立の小学校だった。

午前中の授業中であるので、校門は閉じられている。


「あれ?あれ神谷さんじゃないすか?」


校門の前に着くなり、助手席の安原が素っ頓狂な声を上げた。

数年前まで神谷は警察官として働いていたため、安原も顔見知りだ。


学校へ連絡したり、車の使用許可をとったりと準備が必要だった朝海達より、身軽な神谷のほうが先に着いていたらしい。


おーい。と暢気に片足で背伸びをしながら両手を振っている。


「さっき、来たがってたから呼んだんだよ。お前、門開けてこい。」


安原に指示を出し、校門の前に車を停めると、安原と入れ違うようにして神谷が後部座席に乗り込んできた。


「早いな。車か?」


「車。パーキングに置いてきた。この学校、たまに花を届けたりしてるんだ。」


雑談している朝海と神谷をよそに、安原は校門に取り付けてあるインターフォンのボタンを押し、挨拶をした。


「こんにちはー。警察です。」


事前に電話をしてあったが、守衛まで連絡が回っているか不安だった。

案の定、警察と聞いて受付の女性が動揺したのが分かった。


「ええ。警察、ですか?」


なにかしら。どうしたの。警察?さっき、教頭先生が言ってたやつじゃない?と、向こう側でひと悶着あって、「分かりました。鍵を開けますので、少々お待ちください。」と強張った声が聞こえた。


門を手動で開ける予定でいたが、流石、私立の金持ちの小学校で、自動で門が動く。

朝海は安原が乗り込む前に車を発進させ、少し離れた守衛室の前の駐車場へ車を停めた。

広い校内を走らされた安原が、何事か悪態をつきながら追いかけてくる。


「なんで置いてくんすか。」

「どうせすぐ降りるんだ。足使えよ、太るぞ。」


車のドアを閉め、鍵をかける。

安原は怒るかと思ったが、意外にも納得したように腕を組んだ。

「あー。それ大事ですよね。ところで、そう言うってことは、今は、太ってないってことですよね。」


ポジティブな奴だ。朝山は呆れながら学校に入った。

守衛に話をしていると、男性教師が現れた。体育教師らしく、体に合ったジャージを着て、短く刈った髪には清潔感があった。


「教頭先生から聞きましたよ。何か、犯罪予告みたいなのがあったらしいですね。職員室まで来てください。」


体育教師は困惑した表情をうかべ、教頭室まで先導してくれた。


「今日、何か点検作業が入る予定はありますか?」

不意に神谷が、体育教師へ訊ねた。


体育教師は、一人だけ薄い色のジーンズに黒色のセーターという私服姿の神谷に訝し気な目を向けたあと、少し考えてからああ。と人差し指を立てた。


「確か、今日は、屋上の浄水装置の点検があったな。毎月、このぐらいの時期に水質調査があるんですよ。」


「毎月、同じ人が来るんですか?」


「いえ、同じ業者さんですが、同じ人ではないですよ。ああ、ここが職員室ですよ。」


そう言って、丁寧にスライド式のドアを開け、室内に入るように促してきた。

「教頭先生。警察の方がいらっしゃいました。」


「ええ。ご苦労さまです。」


体育教師の呼び声に答え、ドアから比較的近い位置にある机から初老の男性が立ち上がった。

髪は白髪染めで染めたらしい不自然な黒髪で、銀縁の眼鏡。神経質そうな鋭い目つきをしていた。

体育教師は役目を終えると、さっさと職員室を出て行った。

おそらく、犯罪予告などさして重大な事と思っていないのだろう。


「それじゃあ。お邪魔します。」


朝海が先陣を切って挨拶すると、職員室に入った。神谷も安原も、懐かしいなあ。などとつぶやきながら入室する。


確かに、乱雑な机回り、室内中央にあるホワイトボードに書かれた学校行事など、ノスタルジックな雰囲気がある。


教頭は、三人を隣の三畳程の小さな応接室へ案内し、自分は中央の肘掛け椅子へ座った。

それに習い、朝海も向かいの四人掛けソファーに腰を下ろした。思いのほか固い座り心地だ。


「なぜ、うちの学校がそのような犯罪の標的にされなければならないんでしょうね。」


教頭は、肺の中の空気を全て吐き出すような大きなため息をついた後、そういって前方の朝海を睨みつけた。

知りませんよと思いながら、今日あった予告の文面をコピーしたA4サイズの紙を取り出す。

今だに大事なことは紙で確認したがるご老体は多い。


「これを書き込んだ犯人は、ここの生徒と何らかの接触をしている可能性が高いです。」

神谷が、前のめりになってコピー用紙を覗き込んでいる教頭に向かって言った。


「なんですって。」

教頭が驚いたように上体を起こし、いぶかしげに銀縁の眼鏡越しに神谷をみた。

神谷は、人好きのする優しい微笑みを浮かべたまま、その懐疑的な視線を受け止めている。


「この学校は有名私立とはいえ、決して全国に名を連ねるほどの高名な学校ではありません。いちいち、この学校の生徒を狙ってやろうと思われるほどの知名度は無いと思います。」


「なんですって?」

学校をバカにされたと思ったのか、教頭がコピー用紙を乱暴に机にたたきつけた。

ひゅひゅっと、用紙が机の上を滑る。

教頭の声は、さっきのなんですって。よりも声のトーンが上がっている。


しかし、神谷はまるで気にしていないように、周辺の掲示物に目を細めている。


「すみません。この学校に、あえて狙われるような要素は無い。と言いたかったんです。」


「どういった意味でしょうか。」

興奮が冷めやらないのか、教頭は荒れた息のまま答えた。中腰が浮いた状態で、神谷を睨みつけている。


「この小学校より、有名な私立小学校はたくさんあります。それは、知名度、という意味での話ですが、もし、私が何の知識もない大人だったら、有名人の子供が通っているような、ゴシップのネタになりそうな学校を狙います、問題が起こればすぐに、有名になれますからね。」


神谷が、微笑みを絶やさずにささめいた。

教頭からの強い視線を、正面から受け止め、受け流している。


「この犯罪予告には、“生意気なガキ”と言った表現があります。有名私立小学校に通う子供だからって、生意気かどうかはわかりませんよね。」


机の上に用紙を指さし、その台詞に該当する文章を指先でなぞる。


「犯人は恐らく、ここの子供たちに何か危害を加えられた可能性があります。小学生なので物理的被害は少ないでしょうが、精神的に何か気に障るようなことをされたのでしょう。子供は素直ですから。それに、この侵入手口を見るに、この学校の内部情報に詳しい様子です。児童の父兄か、教員の犯行である可能性も考えなければなりません。」


神谷は、事も無げにそこまで言うと、指先から目を離し、教頭の瞳を覗き込んだ。


「父兄や、教員に?あなたは何を言ってるか、わかっているんですか。」


教頭が顔を赤くし、立ち上がった。目線を上に立たせ、見下ろすことで威圧感を与える作戦だ。神谷が立ち上がれば、その些細な優位も覆ると言うのに。


「下らないネット上のいたずら書きに踊らされて、この新年度の忙しい時期に私たちの手を煩わせた上に、父兄や、職員まで愚弄するんですか。」


「愚弄するなんて、とんでもない。」


神谷は、先程の電話のように、平らかな声で答える。

同時に、瞳を左右へ素早く巡らせた。


「万が一、このいたずら書きがいたずらでなかった場合、そういうことになっちゃうな。と思っただけですよ。

僕は、二年前の爆破テロで、子供を亡くしてるんです。こんなこと、もう二度あっちゃいけないと思うし、もし、僕が親族なら、万が一何かあった場合、脅迫状が届いていたにも関わらず学校が何もしなていなかったら、ただじゃ済まさないと思うんですよね。」


万が一、とただじゃ済まさないを強めに発音した。

世間話をするような体で、神谷は教頭を脅しているのだ。


昼前の応接室は実に穏やかで、音といえば体育中の子供たちの声がかすかに聞こえる程度だ。窓には、新録の木漏れ日が葉の形の影をつくっている。


それなのに、室内の空気はじわりと張りつめていった。


神谷は、笑顔のまま右足の膝を抱え込み、当然のように膝から下を取り外した。

もちろんそれは義足なのだが、一瞬手品を見せられたように教頭はたじろいだ。


「この足も、あの事件の時に失ったんです。爆風で飛ばされた瓦礫に引っ掛かって、吹飛ばされちゃったんです。」


そう言いながら、しげしげと金属製の義足を眺めた後、上目遣いに教頭を見上げてみせた。


「なにも無かったら、ただ騒がせただけになってしまいます。そのときはごめんなさい。でも、何かあったときは、必ず何とかします。ああ。すみません。なんだか嚙み合わせが悪くって。」


神谷は柔らかなジーンズ生地のズボンをまくり上げ、丁寧に右足へ義足をはめ直した。

それを見ながら、教頭は再度、ソファーに腰を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。


「分かり、ました。なるべく授業の邪魔をしないようにお願いしますよ。」


神谷はにっこりと優しく微笑んだ。

「もちろんですよ。学校に迷惑をかけるようなことはしません。入るなって所には入りませんよ。」


「では、お願いします。屋上には絶対に上がらないで下さい。開錠に手がかかりますし、開けている最中に子供達が屋上に出たら危険ですから。」


「わかりました。気を付けます。」


神谷は立ち上がって、教頭と握手をした。


朝山も起立して会釈すると、安原を立たせて応接室を出た。


教頭の後姿が職員室へ消えるのをを見送った後、神谷は大きく伸びをした。

そして、朝海を振り返って楽しそうに言った。


「屋上行こうか。」


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