静寂
国立桜ケ峰医療センター
近年、国が巨額を投じて建設した。
先進医療を主軸として様々な分野での医療の発展、研究、開発を行っている一大機関だ。
その救急救命室前のベンチにアスナは座っている。
表情は言い表すならば”無”だ。
バタバタと慌ただしい足音が近づき
「アスナ!」
緊迫したさくらの声が廊下に響き渡る。
その後ろには清十郎、そして仕事を終え帰宅していた剛久の姿もあった。
「隼人の容体は!?」
しかし、さくらは気が付いた。
様子がおかしい。
アスナから完全に感情といったものが抜け落ちそうになっていて、
今にも壊れてしまいそうな・・・そんな印象を受ける。
さくらも気が動転しかけていたがふと我に返り
アスナを力強く抱きしめた。
「貴方達はいつも一緒でしょ?
隼人がアスナを置いて行ったことが一度だってあるかな?
大丈夫!隼人はそんなこと絶対にしないわ!」
耳元で優しく、そしてはっきりと伝える。
「そうそう!大丈夫。トラックがぶつかってきたくらいでどうにかなるような
鍛え方はしてないぞ。」
「まったくじゃ。そんなもんに不覚を取るような隼人は、後で説教してやらにゃならん。」
剛久や清十郎もアスナを優しく励ます。
その言葉が心に届いたのだろう
堰を切ったように大粒の涙があふれだし、
さくらの胸の中で大声で泣いた。
アスナが落ち着きを取り戻した頃、
救急救命室のドアが空き、見知った医者が姿を現す。
宝生 茜
彼女は主に源家の医療を担当している。
特殊な身体能力をもっている源家は代々専任の医師が担当し、
そのデータは国により、厳重に保管されている。
これも一重に源家が代々要人警護を行ってきた賜物であり、
国にとっても重大な財産であると認識されいるためだろう。
「宝生さん!隼人の容体は!?」
アスナを胸に抱くことで何とか取り乱さずにはすんだが、
さくらは即座に声をかけた。
清十郎や剛久も固唾をのんでその答えを待った。
宝生の顔は深刻だ
「結論からいいます。」
その言葉に全員に緊張が走る。
「現在隼人君の意識は戻っていません。」
空気が凍り付くのがわかる。
さくらがアスナを抱く腕に少し力が入った。
「そして、けがの具合ですが・・・。」
「はっきり言ってほぼ無傷です。」
え?っとアスナが宝生に目を向ける。
「正直トラックと正面衝突して運ばれて来たと連絡を受けたのですが、
何かの冗談かと思うでしょうね。普通の医者が見れば。
隼人君は擦り傷と軽度の打撲と思われる箇所が数か所あるだけで、
脳にも損傷などは見られていません。
私も現場の写真を見せられたのですが、流石源家・・・というほかありませんね・・・。」
宝生は正直お手上げといった感じで笑って見せた。
隼人の事故は案外軽度のものだったのだろうか?
いや、そんなことはない。
常人なら即死であっただろう・・・。
野次馬達が話していたようにトラックの損傷は軽度のものではない。
とても人1人がぶつかったような損傷ではなく、
対向車と正面衝突をしたようなそんなレベルである。
だがこの損傷は隼人によるところが大きい。
隼人は女の子を投げた後、
その尋常ではないスピードのままトラックにドロップキックをするような形でフロント部分を蹴り、
三角飛びの要領で反対側へ弾け飛んでいた。
その際にトラックの助手席部分には凄まじい損傷ができてしまった。
隼人の速度とトラックの衝撃で驚くほど弾け飛ばされた隼人は、
いつもと違った力を使ったためだろうか、急速に薄れゆく意識の中で
清十郎と剛久に叩き込まれた受け身を必死にとっていたのだった。
それを聞いた家族から安堵のため息が漏れる。
「ただし、先ほども伝えたように意識が戻っていません。
昏睡状態にあると言っていいです。
原因がわからず、脳などにも異常が見つけられない以上、手の施しようがありません。
隼人君が自ら目覚めるのを待つしかありません。
目覚めるのは一時間後かもしれませんし、明日かもしれません。
もしかしたら1年・・・。
話しかけたり、手を握ったり、刺激を与えてあげてください。」
宝生はどこか悔しそうに唇をかみしめる。
自分の力ではどうすることもできない・・・そう感じているのだろう。
そんな様子をみて、お互いの顔を見合わせたアスナ達からは不安の色が
ありありと見て取れた。
その後、もう一度精密検査が行われたのだが、やはりこれといった異常が見られなかった
隼人は病室に移動した。
隼人が寝ているベットとソファーベットが一つ、こじんまりとはしているけど
綺麗な星空と涼やかな夜風が入ってくるいい個室だ。
「お兄ちゃん、喜びそう。」
アスナのそんなつぶやきに
「本当よね。こんないい部屋で寝かせたら隼人いつまでたっても起きないんじゃないかしら?
四六時中声かけて安眠妨害しようね!」
さくらはおどけながら返して見せた。
「怪我をしている箇所からちゃんと受け身を取ってることはうかがえる。
大丈夫だ!これなら心配ない。」
先ほどの励ましとは違って剛久は自信をもってうなずく。
「まぁ隼人最近頑張っとったからのぉ。いい休息になるじゃろ。
本人が休んどる自覚があるかは謎じゃがな。」
そんな家族の明るい話題のおかげでアスナも自然と笑みがこぼれる。
うん。きっと大丈夫だ。
こんなに気持ちよさそうに穏やかな顔で寝ているんだ。
ケロッと起きてくるに決まっている。
不安がスーッと消えていくのがわかる。
「えい!」
その無防備な頬をつっつく、
プニっとした感触はなかなかに気持ちがいい。
「あー!アスナずるい。私も隼人であーそぼっと。」
さくらもまねて頬とつっついたり、鼻をつまんだりやりたい放題だ。
「最近隼人、私が抱き着くと逃げるから今のうちに息子の成長を感じておかないと!」
アスナも負けじと隼人で遊ぶ。
引き締まった腕に抱き着いてみたり・・・
たくましい胸板や割れた腹筋を触ってみたり・・・
健全な青少年としては思わず反応してしまいそうな刺激にも
やはり隼人は無反応である。
「おいおい・・・二人とも・・・異常ないとはいえ隼人けが人だからな・・・。」
みかねだ剛久が声をかけるも
二人からは宝生さんが刺激を与えろと言った!とそろって返ってくるものだから
あきれたものである。
清十郎も豪快に笑う
数時間前とは打って変わって、とても昏睡状態の息子がいる病室とは思えない
温かな空気が流れ出していた。
そんなやり取りも一段落し、
アスナ以外の家族が入院手続きや着替えを取りに出て行ったので
今では病室は隼人とアスナ二人きりだ。
隼人は相変わらず穏やかな寝顔でスゥスゥと寝息をたてている。
アスナはそっと隼人の手をとると
「今はゆっくり休んでいいよ。
でもあんまりのんびりしてると私また泣いちゃうからね?・・・隼人。」
アスナの唇がそっと隼人の頬にふれた。
穏やかな夜の静寂が二人の時間をややしく包み込んでいた。
もう少しで冒頭部分の目覚めにつながります!
うーん・・・ちょっと日常部分を引っ張りすぎましたかね?
隼人のまっすぐ育った環境をしっかりと描いておきたかったんですが・・・。
そういったころなどにもご意見いただけると嬉しいです。
どんなご意見、ご感想でも励みになりますので。
以前にも書きましたが、
自分の作品のを評価してくださることは本当にありがたいことだと思います。
是非皆さんのお考えをお聞かせください。